『女性ライフサイクル研究』第10号(2000)掲載

アメリカにおけるフェミニスト心理学の歴史と展望

女性ライフサイクル研究所 村本邦子

1. フェミニスト心理学とは何か

 はじめに、フェミニスト心理学の定義から始めるべきだろう。フェミニスト心理学とは、フェミニズムの視点から構築した心理学と言えるが、フェミニズムの定義自体が一様ではない。現代のフェミニズム理論には、いくつもの種類があり、それぞれが女性の経験をそれぞれのレンズを使って分析している。当然ながら、すべてに共通する最大公約数はあるわけで、「フェミニズムは女性に価値を置こうとすること、女性が安全で満足できる人生を送るためには、社会変革が必要だということ」だろう。ベル・フックスの定義は単純で、「性差別と性差別による抑圧を終わらせるための運動」となる(Unger & Crawford, 1996)。フェミニスト心理学は、これらのスタンスをとる心理学と言えるだろう。
 フェミニスト心理学と女性心理学の違いはどうだろうか。女性心理学は、文字通りには、女性についての心理学を意味するにすぎず、必ずしもフェミニスト的であるとは限らない。たとえば、女性性とマゾキズムの関係が生物学的に決定づけられていると主張した初期の女性精神分析家、マリー・ボナパルテやヘレーネ・ドイッチュらの仕事は、当然ながら、女性心理学の領域に含まれる。わが国でも、初期に女性心理の本を書いていたのは男性心理学者であり、社会が期待する女性の役割や特質を説くものだった。しかし、女性心理学に位置づけられている著作や論文でも、フェミニスト心理学の領域に位置づけられるものがたくさんあることも事実である。著者がフェミニズムというレッテルに否定的であったり、肯定的であっても、戦略的にそのレッテルを使わない方が有利であると判断する場合もあろう。
 ブルマン(1998)は、女性心理学とフェミニスト心理学の名称が長いあいだ、明確に区別されず使われてきたことを認めながらも、この二つをはっきりと区別している。前者は、男性中心だった心理学に女性という視点を持ち込み、心理学の受け手としても作り手としても、女性に焦点をあてた点で、画期的だった。それに比べ、フェミニスト心理学の方は、女性を心理学の「対象」(object)から「主体」(subject)へ("the psychology of women" から"feminist psychology"へ)と移し変えることによって、心理学を政治的領域に持ち込んだのである。
 クローフォード(1998)は、女性心理学は、心理学のなかの性差別的な歪みを修正し、改善することを目指してきたと評価している。専門家としても、クライエントとしても、学生や研究対象としても女性に焦点をあて、それを心理学が理解できる言語で語り、公正と平等に訴えることで、それなりの成果をあげてきた。セクシュアル・ハラスメント、ドメスティック・バイオレンス、摂食障害、仕事、母性神話などは、その成果の一部である。それに対して、フェミニスト心理学の方は、そのごく一部が受け入れられたにすぎない。クロフォードの言葉では、フェミニスト心理学におけるフェミニズムと心理学の関係は、「結婚ではなく人目を忍ぶ恋」であり、「友好的にプラトニックな関係」を維持したままである。つまり、フェミニスト心理学において、フェミニズムと心理学の融合、あるいは統合はなされておらず、表面的な関係を結んでいるだけである。
 女性心理学は心理学の存在を許すが、フェミニスト心理学は、フェミニズムが心理学の存在をどこまで許すかを問う。実際、心理学の存在自体に否定的なフェミニストたちは少なくない。

2. 心理学と女性

 一番初めに、心理学と女性の関係に眼を向けておこう。まず、女性と狂気の関係について触れておくべきだろう。エレイン・ショーウォーター(1985)は、狂気が「女の病」(female malady)だったことを指摘する。イギリスでは、17世紀、女性患者の精神障害の症例が男性の2倍であるという記録が残っている。20世紀になっても、精神病院の患者の大半が女性だったという。とくに、産褥期精神病の症例を見ると、「子どもと夫への無関心、嫌悪、怒り、性的露出」が突然現れ、女らしさと母性を重視するヴィクトリア朝の理想像を打ち壊した。女性たちの症状と、ヴィクトリア朝の理想のどちらが狂気だったかは疑問だが、当時は、女性たちの方が狂気とされた。ショーウォーターは、狂気の例として、フローレンス・ナイチンゲールの自伝的小説『カサンドラ』を取り上げている。彼女は、自分の天命を実行するために結婚を断り、看護婦の教育を受けることを母親に反対され、神経衰弱状態に陥って、自殺願望につきまとわれる。1850年のことである。ナイチンゲールは、『カサンドラ』を書き終えると、家を離れ、看護婦としての仕事の第一歩を踏み出した。それから1年もしないうちに、クリミア半島へ行くことになるのである。
 ここで、アンナOこと、ベルタ・パッペンハイム(1859-1936)のことを思い起こしておくのもいいだろう。彼女は、ブロイアーとともに "talking cure"(「談話治療」)を考え出し、抑圧された感情が精神機能に影響を及ぼすことを示唆した。彼女抜きに、精神分析の発展は語れない。ベルタは、ブロイラーに見捨てられ入院生活を送った後、しばらく身を潜めていたが、1888年、29歳から、社会的な活動を始め、数々の重要な仕事を成し遂げた。メアリ・ウルストンクラフトの古典的名著『女性の権利擁護』をドイツ語に翻訳し、自ら『女性の権利』という戯曲も書いている。孤児院の院長を長く勤め、ドイツのフェミニズムとソシャルワークのパイオニアとも見なされている。精神分析は彼女の治療を完遂しなかったが、ベルタは、その後、社会運動に身を捧げることで、癒され、成長したようである。狂気は、クリエイティブな女性がその能力を発揮することができないでいる状態なのかもしれない。ローゼンバウムとムロフ(1984)は、ベルタの事例の見直しによって、トラウマという心の問題と社会のつながりを再評価することを示唆している。
 1900年代初期、女性への偏見と差別は甚だしかった。精神分析の理論は、フェミニズムを「強く、しかし不完全に抑圧されたマゾキズムの補償」と意味づけるなど、フェミニストを中傷するために利用された。APA(アメリカ心理学会)の創設者スタンレー・ホールは、「結婚よりキャリアを選んだ女性は生物学的倫理を犯している」という言葉を残している。しかし、興味深いことに、ケスラー(1997)は、APAの歴史書『心理療法の歴史〜変化の1世紀』の第一章、APAの1年目にあたる1892年を、クリスチーヌ・ラド・フランクリン(1847-1930)という女性心理学者の書簡で始めている。彼女は、しぶる父親から借金して大学で学んだ後、特別なはからいによってジョン・ホプキンズ大学の講義に出席し、1882年に博士課程を終えたという。女性だったために正式な博士号はもらえなかったが、ジョン・ホプキンズ大学は、1926年、50周年の時に、彼女に正式な博士号を出している。クリスチーヌは、パメラという名前の女友達と文通し、慢性病だったパメラの妹のことをめぐって、ウィーンのフロイトについても話題にしている。また、1892年、ホールがAPAの最初の集まりを持ったときのことを、「目を皿にして、彼らが女性をメンバーに加えるか見ている」と書き綴っている。彼女は、1893年の第2回大会で、33名のメンバーに加えられている。
 心理学が始まった初期の時代、心理学と女性との関係は、女性の可能性がさまざまに制限された社会のなかで、患者という形で心理学の発展に貢献させられることが圧倒的に多かった。

3. 心理学にフェミニズムを持ちこむ

 1925年から1935年の間、精神分析運動内部で、女性のセクシュアリティ、女性の特性および心理について熱心な議論が交わされている。この議論の立役者はドイツの精神分析家カレン・ホーナイ(1885-1952)だった。彼女は、1926年から35年の間に一連の論文を書き、女性を男性の欠陥版と見るフロイトの仮説に異議を唱えた。マリー・ボナパルテ(1882-1962)、ヘレーネ・ドイチュ(1884-1982)などの女性分析家はフロイトの側に立っている。しかし、1930年代、アメリカに移住したホーナイは、フロイトとの論争に終止符をうち、女性心理の主題を捨ててしまった(Russo & O'Connell, 1997)。
 1930年代のアメリカは、大恐慌の結果、女性(特に既婚女性)の雇用を制限する必要性に迫られていた。精神分析は、その根拠として利用され、「罪悪感と葛藤を避けるためにも女性は家事に専念すべき」との主張がなされた。戦後も同様に、精神分析は、男性の優秀さと女性の従属を信奉するイデオロギーとして使われる。第二波フェミニズム運動が起こる以前、専門職を目指して大学の門をくぐった女性たちは、かなりつらい経験をしたようだ。バーニス・ロット(1995)は、1951年、UCLAの大学院に入った初日に、教授から「成績は優秀だが、どうせ2〜3年もすれば子どもができ、プロのサイコロジストとして働くことはないだろうから、教える側にもあなたの側にも無駄なことではないか。」と言われたと書いている。
 ローダ・アンガー(1998)は、60年に大学院に入り、66年にプロフェッショナルとしてのキャリアをスタートさせたが、当時、APAの大会参加者は、9割が男性だった。学会では、「もっと深い話をしよう」と教授からホテルの部屋に誘われて、逃げ出さなければならないようなことがあったという。フィリス・チェスラー(1995)も、大学院生だった60年代後半、「研究指導」のための食事に誘われ、レイプされかけて、もみあいになり、彼の肋骨を折って、病院へ運ばなければならなかったと書いている。国連の仕事を引き受けたとき、書記官からレイプされてもいる。
 1969年に臨床心理学の博士課程に入ったポーラ・カプラン(1995)は、最初の年、性差の研究を始め、論文を書いたが、感情的なコメントをもらい、「自我境界が弱い」という理由で、追い出されている。そのため、彼女は臨床心理学でPh.Dをとることができず、心理学でとっている。他のフェミニストの多くも似たような体験を持っているようだ。
 このような状況にあった女性サイコロジストを救ったのがフェミニズムだった。ミリアム・グリーンスパン(1995)は、「フェミニスト運動は私の命を救ってくれた。それは、私にとって社会正義のための運動以上のものだった。感情的な意味でもスピリチュアルな意味でも、私の癒しの基盤になった。」と、記している。
 1963年、ベティ・フリーダムの『女らしさの神話』を契機に、第二波フェミニズム運動が巻き起こる。少人数で女性としての体験を語り合うCR(意識向上)グループは第二波フェミニズム運動の有用なツールだったが、適切な指導をしてくれるメンターもロールモデルもなく、孤立していた女性サイコロジストたちが、CRを通じてつながった。彼女たち自身、そこで癒しと成長を経験しながら、女性のための新しい心理学を構築する必要性を痛感したのである。心理治療は女性役割に適応させることにあるのではないという指摘がなされ、心理学の性差別による歪みをなくしていこうという目標が掲げられた。
 CRグループの延長線上に、組織としてのAWP (女性心理学会)やAPAの女性部会の設立もなされたようだ。フェミニズムに影響を受けた女性サイコロジストたちは、就職の厳しさ、セクシュアル・ハラスメントや孤立について語り合い、こうした非公式の会話から、1969年、AWPは設立されたという。AWPの会合は、出席者の便宜上、APAの大会の前夜にもたれるようになり、これがAPAの女性部門の設立を推進した。実際には、フェミニズムに強く影響を受けたこれら若手のサイコロジストと、そうではない年配の女性サイコロジストとの反目もあったようだが、協力して女性部門を設立したようだ。アンガー(1998)は、女性心理に関するプログラムは、女性解放運動の影響下で自然と飛び火したのでなく、APAの内部・外部で、組織的な活動が繰り広げられたことを忘れてはならないことを指摘している。

4. フェミニスト心理学をつくる

 こうして、心理学の理論、研究、実践を見直していこうとする動きが生まれた。もっとも古典的な論文は、ナオミ・ワインスタイン(1968)の「心理学が女性をつくる」だろう。ワインスタインは、心理学の実験結果が実験者の期待や社会状況の変化によって影響されることを立証し、心理学は神話から作られていると主張した。この論文には「科学的法則としての3K、子ども、料理、教会」の副タイトルがつけられている。
 アンガー(1998)によれば、大学でも女性心理学の講義が登場するようになり、1971年、最初の2冊の教科書『女性心理学』(バードウィック)『女性心理について』(シャーマン)が生まれる。どちらも精神分析に批判を加えたものであるが、バードウィックはフェミニズムに対してアンビバレントなコメントをしている。後者はアカディミックな色合いの強い出版社から出されたので、話題になることは少なかったが、平等やダブルスタンダードについての言及が多く、フェミニズムの影響がよりはっきり見られるという。
 1972年に出版されたチェスラーの『女性と狂気』は、後に続く多くの女性サイコロジストたちに大きな影響を与えた。当時、チェスラーはわずか30歳だったが、小説や詩、女性たちへのインタビューを素材に、女性の狂気を分析し、心理学や精神医学がいかに女性を抑圧するために利用されてきたかを論証した。ジュリエット・ミッチェル『精神分析とフェミニズム』(1974)、ジーン・ベイカー・ミラーの『精神分析と女性』(1974)、『新しい女性心理学へ』(1976)が続く。ミラー(1995)は、フェミニズムと『女性と狂気』の影響に言及している。ミラーは、最初、フェミニズムに盛り上がった世代より「年をとりすぎている」と感じたと言っているが、CRグループに加わり、運動に関わっていくなかで、それまで個人的に感じていた疑問に枠組みを与えられたという。ミラーは、1981年に設立されたウェルスリー大学のストーン・センターの所長となり、現在まで、女性を欠陥モデルで捉えない心理学、関係性の心理学の構築に貢献してきた。
 社会心理学出身のサイコロジストたちは、社会学習理論によってジェンダー・アイデンティティやジェンダー・タイピングを実証的に解明した。1978年には、ナンシー・チョドロウの『母親業の再生産』が出版されている。チョドロウは、精神分析の理論を使って、幼少期の母と娘の関係から女性のジェンダーが再生産されていく過程を明らかにした。問題意識を共有する女性たちの組織化が進むにつれ、1975年『性役割』、1977年『季刊女性心理学』など、ジェンダーをテーマとするジャーナルも登場するようになると同時に、伝統的な心理学雑誌にも女性心理に関する投稿が増え、特集が組まれるようになった。
 エリクソンやコールバーグの同僚だったキャロル・ギリガンは、彼らの理論がいかに彼らの人生と関係しているかに気づき、自分の人生と仕事を結びつけようと思ったと言う。そして、心理学の分野に女性の声や経験がないことに気づき、女性の声に耳を傾けることで、新たな心理学を構築しようとした。こうして書かれた最初の書物が、1982年の『もうひとつの声』である。ギリガンは、男性は自立という観点から世界を見る傾向があり、それを唯一の価値としてきたが、女性は「つながり」という観点から世界を見る傾向があり、これにも大きな価値を与えた。ギリガンも、ストーン・センターの仲間たちと共に、「つながり」の心理学を現在まで展開し続けている。
 目立ったものとしては、1980年から87年にかけて、スプリンガー出版より「女性フォーカス・シリーズ」が出版されている。7年間かけて、10巻が完成されているが、タイトルの並びは、もしかすると、時代の関心や流行を反映しているかもしれない。1巻からタイトルを並べてみると、『出生率調整の安全性』(1980)、『女性を対象としたセラピー〜フェミニスト的志向を持つ治療』(1980)、『バタード・ウーマンのためのシェルターづくり』、『40代からの女性』、『女性のステレオタイプ〜精神衛生上の影響』、『バタード・ウーマン・シンドローム』(1984)、『女性の治療に関わる女性セラピストたち〜フェミニスト・セラピーの新しい理論と過程』(1984)、『女性学者のキャリア・ガイド』、『フロイトの眼の小さな欠点〜精神分析から女性心理学へ』『女性のセラピー・グループ〜フェミニスト的治療パラダイム』(1987)となっている。80年代、バタード・ウーマンの問題に焦点が当てられ、シェルター活動やセラピーへの関心が高まったことが見て取れる。

5.フェミニスト・セラピーの発展

 フェミニストたちはフェミニズムの原理をセラピー理論に統合し、多様なアプローチを展開させた。70年代には、CR、アサーティブ・トレーニング、自助グループなどが発展したが、そのなかからテーマとして上がってきたものが、80年代、これまで無視されてきた女性固有の問題として研究されるようになった。とくに、親密な関係のなかで起こる暴力、インセストを含む虐待などの問題が新たな視点から見直された。
 その中心は、何と言っても、1979年『バタード・ウーマン』に始まるレノアー・ウォーカーの一連の業績だろう。『バタード・ウーマン・シンドローム』(1984)、『子どもの性的虐待ハンドブック』(1988、編集)、『フェミニスト心理療法』(1988、編集)『恐怖の愛〜なぜバタード・ウーマンは殺人を犯し、社会はどう反応するか』(1989)、『虐待された女性とサバイバー・セラピー』(1994)、その他であるが、ウォーカーは、90年代に入ると、フェミニスト・セラピーとトラウマ理論を統合し、「サバイバー・セラピー」という新しいカテゴリーを作りだしている(Walker, 1996)。
 フェミニスト・セラピーの名称も登場し、スプランガー出版から『フェミニスト・セラピー・ハンドブック』(1985)が出版されている。この本は、1982年4月にコロラド州で開催された「上級フェミニスト・セラピー研究所第1回年次大会」から生まれた。この本の序文には、フェミニスト・セラピーの技法は1960年代後半から発展し始めたと書かれているが、草の根的なフェミニスト・セラピーの構築は、70年代半ばから始まったようだ。書物としてまとめられるようになったのは80年代に入ってからである。まず、グリーンスパンが『女性とセラピーへの新しいアプローチ』(1983)を書いている。これは、エンパワメントと関係性に焦点をあてたセラピーのモデルを提示したものだが、彼女は、ミラーの『新しい女性心理学へ』から影響を受けたと述べている。フェミニスト心理学の裏づけがあって、フェミニスト・セラピーが発展したことがわかる。
 フェミニスト・セラピーという名称を使っていないが、メニンガー・クリニックのハリエット・レーナーは、精神分析と家族システム論にフェミニスト批判を加え、女性のセラピーに関する著作を発表している。三部作と言われる『怒りのダンス〜親密な関係のパターンを変える女性のためのガイド』(1985)、『親密さのダンス〜勇気をもって重要な関係に変化を起こす女性のためのガイド』(1989)、『ごまかしのダンス〜女性の人生における嘘と真実』(1993)と『女性と心理療法』(1988)などがある。ポーラ・カプランの一連の著作、『女と女のあいだ〜バリアを低くする』(1981)、『女のマゾキズムという神話』(1985)、『母親を責めないで〜母娘の関係を改善する』(1989)、『狂っていると言うけれど〜権力者である精神科医が正常者を決める』(1995)なども挙げてよいかもしれない。精神分析的なアプローチを取り入れたアプローチとして、ルイーズ・アイケンバウム、スージー・オーバックの『女性を理解する〜フェミニスト精神分析によるアプローチ』(1983)も挙げられるだろう。著者らが1976年、ロンドンに「女性心理療法センター」を創設し、1981年、ニューヨークにその姉妹機関「女性心理療法センター」を設立している。
 ユング派フェミニストによる著作も登場する。ジーン・シノダ・ボーレンによる『あらゆる女性のなかに女神がいる〜新しい女性心理学へ』(1984)は、ユング心理学の概念である「元型」とフェミニズムの指摘する社会的な「ステレオタイプ」という概念を統合する形で、女性の自己理解や人生の指針を得る助けとなる本だが、これは一躍ベストセラーとなり、ボーレンは雑誌の表紙を飾る時の人となった。ポリー・ヤング・アイゼンドラスによる『鬼婆と英雄〜カップルと関わるユング派心理療法へのフェミニスト的アプローチ』(1985)、『女性の権威〜心理療法を通じて女性をエンパワーする』(1987)などがある。
 多くの著者たちが「フェミニスト・セラピー」という語をあえて使っていないが、その理由には、心理療法家としては、フェミニストというアイデンティティ以上に、フロイディアン、ユンギアンといったアイデンティティを重視しているからかもしれないし、あるいは、広く受け入れられるための戦略なのかもしれない。
 エリン・カシャック(1995)は、1972年に「サンフランシスコ・女性のためのカウンセリング・サービス」を設立したメンバーでもあり、大学教育にも携わっているが、そのアイデンティティを結婚・家族セラピーとコミュニティ心理学に置いてきた。1992年に『ジェンダー化された人生〜女性の経験に関する新しい心理学』を出版したとき、彼女の訓練を受けた多くのセラピストが「自分がフェミニスト・セラピーを学んでいたなんて気づかなかった。」とコメントしたという。カシャックによれば、1980年代、フェミニズムについて話さないことが、主流な機関で働くラディカル・フェミニスト心理学者の「奇妙な戦略」だったそうである。
 ジュディス・ハーマンを中心とするボストンのグループも同様である。ハーマンらは、『心的外傷と回復』(1992)に見られるように、1984年より、メアリー・ハーベイとともにケンブリッジ病院の暴力被害者支援プログラム(VOV)を発展させた。草の根的な運動を展開されていたレイプ・クライシス・センターのジャネット・ヤッセンも加わり、はっきりとフェミニスト的志向を持っているが、彼女たちもフェミニスト・セラピーという語を使わない。本誌には、メアリー・ハーベイの論文が所収されているが、編集者からの要請を受けて、フェミニズムの意義に触れてくれてあるが、ハーベイのアイデンティティは、コミュニティ心理学の方によりウエイトが置かれているような印象を受ける。
 フェミニスト・セラピーはそれ自体が独立してひとつの領域を形成しているというより、さまざまな心理学の領域にフェミニスト批判を加え発展させたフェミニスト心理学の実践的側面と理解するのが適切ではないかというのが、筆者の今のところの考えである。

6. フェミニスト心理学の多様化と成熟

 80年代のこうした基礎的研究の積み重ねがあって、90年代に入ると、フェミニスト心理学の分野の出版が急増している。あまりの多さに、内容の検討までできそうにないが、タイトルから推測するならば、フェミニスト心理学がさらに多様化し、細分化しているようだ。たとえば、1995年にAPAから出版されている『フェミニスト心理学に文化的多様性をもちこむ〜理論、調査、実践』が、その例かもしれない。これは、APAの女性部会が、それまで白人中流階級中心の心理学だったことを反省し、人種、階層、文化の違いに眼を向け、統合していこうと、「フェミニスト心理学の文化的多様性の専門調査委員会」をつくり、共同で取り組んだ結果を出版したものである。
 90年代の目につく出版物としては、セイジ出版「ジェンダーと心理学〜フェミニスト的視点・批判的視点」のシリーズである。タイトルのみ紹介すると、『心理学における主体性と方法論』(1989)、『フェミニストと心理学の実践』(1990)、『フェミニスト・グループワーク』(1991)、『母性〜意味、実践、イデオロギー』(1991)、『情動とジェンダー〜記憶から意味をつくりだす』(1992)、『女性とエイズ〜心理学的視点』(1993)、『レイプに対する態度〜フェミニスト的、社会心理学的視点』(1995)、『差異を語る〜ジェンダーと言語』(1995)、『フェミニズムと語り〜心理学的視点』(1995)、『立脚点と差異〜フェミニスト心理学の実践のなかのエッセイ』(1997)、『フェミニスト理論の脱構築』(1997)、『抵抗するジェンダー〜フェミニスト心理学の25年』(1998)である。
 シリーズ最後のタイトル(シリーズが完成したのか続行中なのかは不明である)から伺えるように、90年代後半には、フェミニスト心理学をいったん総括しようとする動きがうかがえる。この論文で何度も引用しているが、チェスラーらが編集した『女性学、心理学、精神衛生におけるフェミニストの祖先たち』(1995)は興味深い。この本ではこの領域で先駆けとなった50人近いフェミニストが、自分の人生と仕事について、また自分とフェミニズムとの関わりについて個人的経験を語っている。なお、「祖先」に当たる単語として、"forefathers"の代わりに "foremothers"が使われているが、この語は、まだ辞書やコンピューターに登録されていないかもしれない。「祖先」の語が使われていても、その大半はまだ現在も活躍中のフェミニストである。それぞれの属する時代、地域、交友関係に注意しながら読み進めるとおもしろい。(年表や系譜をつくったらもっとわかりやすいかもしれない。)
 このような著作より伺えるのは、フェミニスト心理学の発展に貢献している心理学者の多くが、相変わらずフェミニズム運動を経験した第一世代であるということだ。AWPやAPA女性部会は、どちらも巨大な組織となり、そのアイデンティティを変えているが、男性は少なく、若い女性の層も少ないそうである。アンガー(1998)も、フェミニスト・サイコロジストを自認する若い女性が少ないことを指摘している。第二波フェミニズム運動にコミットしたサイコロジストたちは、自分たちの世代の努力が効を奏して、若手の女性がもうフェミニズムを必要としていないのか、それともフェミニズムは世代的な一過性の現象だったのかと自問しているという。80年代に育った若い女性は個人主義者で、社会正義に関心が薄いのだと解釈する者もある。
 チェスラー(1995)は、「30年間戦ったが、私をはじめラディカル・フェミニストたちは、いまだに制度的な力を持たない。私たちが知っていることは、私たちと一緒に死んでしまう。制度的な力を持たなければ、私たちの知識を次の世代に受け渡すことができない。」と嘆き、さらに『若いフェミニストへの手紙』(1997)を出版している。彼女たちは、第一波フェミニズム運動が途切れてしまったことを憂え、第二派フェミニズム運動が同じ運命をたどるのではないかと怖れてもいるようだ。次の世代にそれを受け継いでもらいたいという熱い思いが伝わってくる。フェミニズムの伝統を作り上げていくこと、それが課題なのだろう。
 最後に、『フェミニスト心理学の未来を形づくる〜教育、研究、実践』(1997)を紹介しておこう。この本は、1993年、ボストン大学で開催された「フェミニストの実践における教育と訓練を考える第1回全国大会」の結果である。この大会の運営の仕方が興味深い。この大会には、心理学の分野で博士号を持つ77人の心理学者が集まり、フェミニスト・プロセスのモデルにのっとって、9つのグループにわかれ、4日にわたり、それぞれの結論を導き出している。13人の院生が記録係を担い、その責務に支障をきたさない範囲でグループに参加した。おもしろいことに、最後の章に記録係を担った院生たちの批判や提案が収録されている。フェミニスト的な方法論に基づくフェミニスト心理学のさらなる発展が期待される。

7. まとめ

 本稿では、アメリカにおけるフェミニスト心理学の歴史を概観した。これらの歴史から、日本にいる私たちは何を学ぶことができるのだろうか。日本の心理学の状況と比べて感じることは、心理学自体の歴史が違うということと、大学院で専門的な教育を受けた女性たちが、第二次フェミニズム運動に積極的にコミットし、他の女性たちとつながることによって力を得、男性中心的な従来の心理学に批判を加えていった実績の重みである。次論では、日本のフェミニスト心理学の歴史を展望し、今後の課題を考えてみたい。

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