『女性ライフサイクル研究』第10号(2000)掲載

女性のトラウマに関わる臨床家の使命

ハーバード大学臨床心理学助教授・ケンブリッジ病院暴力被害者治療プログラム主任
メアリー・ハーベイ (村本邦子訳)

1.はじめに

 女性の人生は、暴力の危険に満ちている。子ども時代、思春期、中年期から老年期にいたるまで、女性は、身近な信頼すべき男性による危険に晒される。たくさんの女性がパートナーによる虐待を受け、暴力の目撃者となった子どもは脅え、傷つく。女性の人生は、暴力と虐待によって、何度も中断させられるが、女性が危険に慣れることはない。繰り返し暴力を受けていれば、暴力に慣れっこになると考える専門家は多いが、研究結果はその逆を示している。女性は暴力に慣れることなどできない。それどころか、暴力を受けるごとに症状は増し、絶望感も増すとデータは示している。
 この論文の目的は、面接室の中からだけでは見えない女性の苦しみにも眼を向け、フェミニスト臨床家は、クライエントのために、そして、一般の女性と子どものために、安全な新しいコミュニティへの「エコロジカル・ブリッジ(生態学的かけはし)」となる心構えが必要だということを訴えることにある。
 初めにキャサリンの事例を紹介し、次に、この社会で女性と子どもが受ける暴力と虐待の性質と程度を見るためにいくつかのデータを示す。最後に、キャサリンの臨床的ケアと回復を「エコロジカル・フレームワーク(生態学的枠組み)」に当てはめ、キャサリンを初めとする女性たちが、この社会で本当に安全な避難所を見つけるために、私たちは何をしなければならないのか考えてみたい。

2.キャサリンの事例

 キャサリンは35歳。離婚し、3人の小さな子どもがいる。受け付けの仕事をしていたが、一番上の子どもが病気で学校に行けなくなり、仕事をやめた。それ以降は福祉手当で家計を賄っている。 キャサリンは、この5年間、トッドという男性とつきあっている。一緒に暮らしたことはない。キャサリンの子どもたちの経済的責任を担わされることが嫌なので、トッドは同棲や結婚を拒否している。トッドの浮気が発覚した後、鬱状態になって、私たちのクリニックに紹介されてきた。キャサリンはトッドの裏切りに怒っていたが、関係を修復したいと思っていた。
 初回面接で査定するさい、キャサリンは、トッドとの関係を詳しく話すことをしぶり、子ども時代の経験がどう自己評価に影響したのかを探りたがった。キャサリンの両親はどちらもアルコール依存症だった。子ども時代、両親の口論から暴力沙汰になることがしばしばあり、隣の家に駆け込んだ。隣には、小さな二人の子どもを持つ夫婦が住んでいた。キャサリンが10歳のとき、夫の方が強制猥褻を始め、この性虐待は数年続いた。この虐待関係にキャサリンを引き寄せた力は、おもに心理的なものだった。身体的虐待が伴ったのは2回だけだった。男は、逃げようとするキャサリンを抑え込み、「暴れたら殴るぞ」と脅した。キャサリンは、恥辱、恐れ、罪悪感、嫌悪を経験したが、虐待から逃れるための試みはほとんどしなかったと言った。
 過去を語るなかで、キャサリンは、20代の頃、同様のことを訴えて、短い期間だったが、心理療法を受けたことがあったと言った。もう一度、心理療法に戻りたいと言った。キャサリンが、子ども時代の経験を振り返り、現在の状況を捉えなおす知力を備えていることはあきらかだった。過去と現在をつなぐことが、最初の治療目標になった。キャサリンによれば、子ども時代に由来する自己評価の低さが、外見に気を配り、魅力的な女性としてふるまう能力を妨げているということだった。こうして、彼女は、トッドの浮気を自分のせいだと考え、それ以上の浮気を避けるために自己改革をしたいと思ったのだった。また、仕事をやめてから余計、自信がなくなったように感じるので、自己評価を高め、仕事に戻る自信をつけようと考えた。
 数回の面接の後、キャサリンは、トッドが口論になると、殴ることがあったと認めた。初めは暴力を低く見積もり、ほんの数回だけだと言っていたが、注意深く聞いていくうちに、5年の間に、何度も深刻な怪我を負っていたことがわかった。トッドは繰り返し彼女を平手打ちし、何度か蹴り、少なくとも一回は、ひどく殴っていた。3人の子どもたちは、これらの暴力を何度も目撃していた。母親が殴られ、脅されるのを見、どの子も少なくとも一度は、暴力をやめさせようと間に割って入ったことがあり、どの子もトッドから叩かれる経験を持っていた。
 トッドはアルコールが入ると激しやすく、過度な飲酒は頻繁だった。キャサリンは、ここ2〜3年、トッドと一緒に飲むようになった。最初の頃は、トッドの怒りが収まるのではと期待したからであり(トッドは、彼女が1杯しか呑まないことを馬鹿にしていた)、最近では、逃げ出したくなる衝動を抑えるためだった。キャサリンがトッドとつきあっている間、中絶を2度、流産を1度経験していたこともわかった。性関係は、トッドが強引に固執し、キャサリンは気乗りせず拒否しようとするのが普通だった。トッドが強引に暴力的な性関係を強いたことが1度ならずあった。トッドとの性関係についてのキャサリンの感情は、複雑だった。一方では、もっと選択権とコントロールを得たいと望みながら、他方では、性関係を拒否すれば捨てられるのではないかと恐れていた。
 この関係の多くの要素が、子ども時代、隣人との間で経験した虐待的な関係と類似していた。アルコール依存の両親に見捨てられた時、かくまってくれた隣人のように、キャサリンはトッドなしにはやっていけないと思っていた。また、隣人と同じく、トッドとの性関係は、とりあえずのなぐさめを見出す愛情と刺激を与えてくれた。彼女は、本当の愛情と純粋な合意による性経験をほとんど経験したことがなかった。隣人との関係と同じく、トッドとの関係でも、キャサリンは、かなわない心理的な欲求を満たすために、性関係を引き換えにしていることに気づいていた。このことが、キャサリンに恥辱と自己嫌悪を残した。時とともに、自己嫌悪は、自己無視と自虐的行動へと変わっていた。身体的経験を無視することができたので、病気の兆候を無視し、医療的な注意を怠り、健康な生活習慣を保つことをしなかった。
 似たような事例を、私たちはみな、知っているはずだ。

3.女性と暴力―調査結果から

 キャサリンの事例は、女性への暴力が頻発しているという公衆衛生の問題に目を向けさせる。結局のところ、キャサリンとは、個別の問題を抱える個人でありながら、同時に、統計値、つまり、広く多用な集団の一例でもある。刑法と暴力に関する疫学が示すところによると、個人間の暴力は、あらゆる年齢、人種、社会経済的集団の個人に影響を及ぼす。キャサリンが子どもの頃より晒されてきた類の暴力が、かなりの頻度で起こっていることもわかっている。たとえば、性暴力は、アメリカ女性に馴染み深い出来事だ。頻度調査によれば、アメリカの女性の20〜33%が、子ども時代に性虐待を経験し(Finkelhor et al.,1990;Russel,1986)、15〜25%が成人してから性被害もしくはレイプを経験する(Koss,1993)。キャサリンのように、成人してからレイプされる女性の多くは、見知らぬ他者からだけでなく、よく知った人(たとえば現在あるいは過去の夫やボーイフレンド)から被害を受ける(Harvey and Herman,1992)。
 子どもの虐待も、頻繁に起こっている。全国調査では、10〜16才の子どもの3分の1以上が、何らかの形の身体的・性的虐待の被害経験を持つ(Boney-McCoy & Finkelhor,1995)。この調査で明らかにされた加害者は、家族、知人、見知らぬ人だった。子どもに対する両親の行動を調べた結果では、調査の年、最低でも150万の子どもたちが蹴られ、殴られ、打ちのめされ、ナイフや銃で脅されたり傷つけられたりしていた(Wauchope & Straus,1990)。この点で、キャサリンの子ども時代も例外ではない。キャサリンは、女性として、多くの中の一人だ。子どもの時も、多くの一人にすぎなかった。今では、彼女自身の子どもたちも、家で虐待され、暴力を目撃した子どもたちの一員に加えられる。
 1998年、国立正義研究所と疾病コントロール・センターは、女性への暴力全国調査の結果を出版した。この調査は、八千人の女性と八千人の男性へのインタビューに基づいている。この調査の要点を見てみよう。

(1) 性別による被害類型 

 暴力は、あらゆる人種、性、社会経済的連続体に起こるが、ある種の暴力の頻度は、個人的特徴、人口学的要因、社会的要因によって変化する。たとえば、性暴力に影響を及ぼす強力な要因は、性別である。男の子も女の子も性虐待を経験し、男性も女性もレイプを経験するが、性暴力の頻度は男性や男の子より、女性と女の子の方がはるかに高いことがわかっている(Boney-McCoy & Finkelhor,1995;Boudewyn & Liem,1995)。

表1.女性への暴力全国調査 (NIJ/CDC、 1998)

暴行の種類 女性 (N=8,000) 男性 (N=8,000)
レイプ 17.6 3.0
身体的暴行 51.9 66.4
叩く 43.0 53.7
殴る 14.1 15.5
首をしめる・溺れさせる 7.7 3.9
銃で脅す 6.2 13.1
銃使用 2.6 5.1

 

 この表は、調査された女性、男性によって報告された出来事の分布である。(首を締められる、溺れさせられる以外では)さまざまな身体的虐待は一般的に言って、男性に多い。ところが、レイプとなると、この調査では女性は男性の6倍近い頻度になっている。次の表に移る前に、次のようなことを考えてみると良いかもしれない。キャサリンが経験したのは、これらの出来事のいくつに当てはまるだろうか?今後予期されるのはいくつあるだろうか?キャサリンの子どもたちはどうだろう?彼らがすでに受けた被害は?今後、受けるかもしれないものは?

(2) 被害者と加害者の関係

 男性も女性もこれらの性的・身体的虐待を受けているが、被害者と加害者の関係に目を向けてみると、その分布は大きく違ってくる。図を見れば、加害者との関係に関して、男女で大きく違うことがわかるだろう。女性は男性よりパートナーに虐待されやすく、男性は女性より見知らぬ他者に被害を受けやすい。親戚による虐待は男女とも同じぐらい(若干、男性が少ないが統計的には有意ではないだろう)、知人による被害は女性に多い。

図1.被害者と加害者の関係 (1998)

 キャサリンの子ども時代を考えてみると、彼女は知人によって虐待された約20%の女の子の中に入る。現在のトッドとの関係は、親密なパートナーによるレイプと殴打を報告している80%の女性に位置づけられる。

(3)親密なパートナーによる被害―性別による虐待の類型

表2.親密なパートナーによる暴行 (1998)

暴行の種類 女性 (N=8,000) 男性 (N=8,000)
レイプ 7.7 0.3
身体的暴行 22.1 4.4
叩く 16.0 5.5
殴る 8.5 0.6
首をしめる・溺れさせる 6.1 0.5
銃で脅す 3.5 0.4
銃使用 0.7 0.1

 

 親密なパートナーによる暴力に限って議論すると、キャサリンのように親密な関係のなかで、どの項目に関しても、女性は男性よりはるかに高い危険に晒されている。キャサリンは世界に唯一の例ではない。キャサリンも、それ以外の何千という女性たちも、愛している、あるいは愛したいと思う男性によってレイプされ、叩かれ、打ちのめされ、脅され、蹴られている。

(4) 最初にレイプされた年齢

図2.最初にレイプされた時の女性の年齢 (1998)

 どの研究を見ても、子ども時代の虐待は、その後の虐待の予測因子となることがわかる。実際、成人期のレイプを予測する唯一の要因は、子ども時代の性虐待である。この図から、どんなに幼い女の子たちが最初のレイプを受けているかがわかる。少なくとも1回のレイプを報告した1323人の女性のうち、22%が、キャサリンのように12歳以前にレイプされている。32%が12〜17歳の間である。耐えがたい状況ではないだろうか。
 キャサリンのような女性にとって、子ども時代の性的、身体的、心理的虐待経験は、成人してからの危険要因となる。子ども時代に性虐待を受けた女性は、成人してからもレイプされやすいと調査が示しているように、子ども時代、家族内で心理的な虐待関係を経験した女性は、成人してから、心理的、身体的に虐待関係を結びやすい。

4.暴力の痕跡―トラウマの身体的・心理的帰結

 キャサリンが子ども時代に経験したような身体的・性的虐待は、医学的・心理的健康に影響を及ぼすだろう。たとえば、家庭内における子ども時代の身体的・性的虐待は、大人になってからの、自己破壊的行動および自殺企図と連関する(Boudewyn & Liem,1995; Briere & Runtz,1993; van der Kolk, Perry and Herman,1991)。子ども時代のインセストは、摂食障害、不安障害一般と連関し(Draijer et al)、自己規定、統合性、感情の自己統御、他者への信頼感を妨害する (Cole & Putnam,1992)。子ども時代の性虐待に共通する他の心理的帰結には、感情障害、不安障害、解離障害への危険性が高まることも含まれている (van der Kolk, Perry and Herman,1991)。
 キャサリンの状況は、子ども時代の虐待経験に続き、成人してからも被害が繰り返される多くの女性の人生と困難をも示している。どんな年齢における性被害も、複雑な精神症状、心理社会的問題の危険率を高める。たとえば、全国調査が示すように、レイプ・サバイバーの31%がレイプ関連PTSDを発症し、アルコール依存、物質依存の危険率は高まり、レイプは、抑鬱の主要要素となっている(National VictimsCenter、1992)。レイプ被害者は、そうでない場合より4倍も高い確率で自殺念慮を抱き、13倍もの確率で自殺を試みている(National Victims Center,1992)。被害者と加害者の関係は、レイプ後の適応に大きな影響を与える。恋人、養育者、親密なパートナーによる性被害は、見知らぬ者による被害よりもはるかに否定的で長期にわたる影響を及ぼすようだ (Koss et al, 1987; Roth et al, 1990; Russel, 1984; Wyatt, 1985)。

(1) 女性と暴力

(1) 20-33%のアメリカ女性が子ども時代に性虐待に遭う。
  知り合いの男性が加害者であることが多い。
(2) 15-25%のアメリカ女性が成人期、性被害もしくはレイプに遭う。
  知り合いの男性が加害者であることが多い。
(3) 女性は、子ども時代も成人期も、知り合いの男性から、身体的および性的暴力を受ける危険性が高い。
(4) 子ども時代の虐待は、成人期に暴力や虐待に遭う主要な危険因子である。
(5) 子ども時代もしくは成人期の虐待は、物質依存と心理的病の主要な危険因子である。

 この表は女性の生活における暴力の現実を示すこれまでの要約である。複数の研究によるデータから、アメリカ女性の20〜30%が子ども時代に性的虐待を経験し、15〜25%が成人してからレイプもしくは性被害を経験している。5番目のポイントは、もっとも重要だろう。つまり、子ども時代の被害であれ、成人してからの被害であれ、虐待は物質依存(アルコール依存、薬物依存、食物依存など)と精神障害の主要な要因となっている。

(2) 女性、暴力、物質依存

(1) 物質依存の治療を受けている女性の75-90%は、身体的および/もしくは性的虐待の歴史を持つ。 
(2) 言い換えると、これらの歴史を持つ女性は、物質依存に陥る危険性が高い。
(3) 物質依存に陥っている女性がトラウマに晒される危険性は55-99%である。一般女性がトラウマに晒される危険性は36%である。

 この表でとくに大事なのは、1と3である。つまり、物質依存で治療中の女性の75〜90%に身体的もしくは性的虐待歴があるということ、物質依存の女性が生涯にわたりトラウマに晒される確率は、55〜99%である(一般の女性は36%)。キャサリンが気分を変え、トッドの怒りを和らげるためにアルコールに頼ったのは特別なことではない。

(3) 女性、暴力、物質依存と精神障害

(1) 物質依存の女性の30-59%が、PTSDの診断に該当する。一般女性の該当率は11%である。
(2) 子ども時代の性虐待は、成人期の再被害化の主要な危険因子である。新たな被害の影響も相まって、以下の問題の発生率が高める。抑うつ、自殺企図、摂食障害、PTSD、PTSD以外の不安障害、解離性障害、自己統制と信頼感の損傷。
(3) 精神障害とトラウマに苦しむ女性は、さらなる暴力と物質依存への危険性が高くなる。

 実際のところ、キャサリンは一人ではない。物質依存の女性の30〜59%がPTSDの診断に値する。暴力と虐待の結果、キャサリンだけでなく何千という女性がひとつ以上の情緒障害(ジュディス・ハーマンが複合型PTSDと名づけたもの)に苦しんでいる。ここで強調しておきたいことは、最後の部分である。精神障害とトラウマに苦しむ女性は、しばしば、さらなる暴力への危険を高める生活をしているということである。繰り返し殴打されてきた女性たちは、暴力に慣れてしまって、それ以上苦しまないし、それ以上悪い状態にはならないと考える人々は多いが、実際にはそうではない。良くも悪くも、私たちは暴力に慣れることはない。精神障害を持つホームレスの女性の暴力を調べた研究からは、暴力が一回増えるごとに症状は悪化し、予後は厳しくなるということが明らかにされた。ここでも、キャサリンは決して特殊な例ではなく、厳しく危険な生活を営む女性や子どもは他にもたくさんいるということを確認しておこう。

5.暴力の痕跡―社会的損失

 個人間の暴力は個人レベルでの損失ばかりでなく、社会全体にも損失を与える。子ども時代の性的虐待は、しばしば成人してからの危険な性的行動と結びつき、数多くの性感染症がひろまる危険がある。子ども時代、成人期と被害にあった女性は、1回だけ性被害にあった女性と比べ、安全な性関係をもつことも必要な避妊をすることも難しい(Wyatt, Guthrie & Notgrass,1992)。
 全国的にも世界的にも、レイプは望まぬ妊娠、中絶、性感染症に大きな影響を与えている(Koss & Heslet, 1992; Koss et al., 1994)。個々の被害者によって払われる身体的なつけに加え、社会的にも、かなりの医療費のつけが回ってくる。たとえば、身体的、性的被害を受けた女性は、そうでない女性に比べ、2倍の確率で医者に通っている(Koss & Woodruff, 1991)。コスらの研究は(1994)、被害にあった女性は、そうでない女性と比べ年間2.5倍の医療費がかかると推定している。

6.フェミニスト臨床家がすべきこと

 キャサリンの人生(子ども時代、成人期、現在のトラウマ、彼女の子どもたちのトラウマ)は、女性が出会う危険を示している。私たちは、この危険を減らし、女性たちの苦しみを減らすよう、サバイバーとともに働く責任を負っている。クライエントと治療関係を結び、癒しと変容のエンパワメントと信頼を目指している。VOVプログラムでは、トラウマと回復の生態学的視点で、キャサリンに必要なものと環境の生態学的査定をすることから仕事が始まる。
 トラウマと回復について私が書いてきたものはすべて生態学的モデルを中心にしているが、ここでは、生態学的視点を紹介し、キャサリンを理解し治療を組み立てるさいの枠組みを考えてみよう。そして、文脈、コミュニティ、そして新しいコミュニティへの生態学的橋渡しをする治療者の責任について議論していきたい。

(1) トラウマの生態学的視点

 ポイントはふたつある。1.キャサリンの臨床像を捉える上で欠かせない「P(人)xEV(出来事)xENV(環境)」要因。 2.キャサリンが自分の経験をどう理解し、自分やトッドとの関係をどう捉え、どんな種類の安全がありえるのか、キャサリンと子どもの将来に何を期待できるのかを決定するコミュニティの役割。
 この意味で、臨床家は、子ども時代のキャサリンと家族を取り巻くコミュニティとコミュニティの価値観、現在のキャサリンが関わっているコミュニティの査定をすることに加え、キャサリンが、安全と回復を得るために必要なコミュニティとはどんなものかを考える援助もしなければならない。(トラウマの生態学的視点の詳細は、去年の号を参照されたし。)

(2) 回復の環境

 どんなにうまくやったとしても、週に1時間の心理療法では、キャサリンは回復しないだろう。キャサリンが自分と子どもたちの安全を確保し、現在経験している暴力から逃れ、自分が尊重され安全に暮らすに値すると感じるようになるためには、子ども時代に経験したコミュニティ、現在経験しているコミュニティとはまったく違う世界、環境、コミュニティに接近する必要がある。私たちが望むと望まないにかかわらず、私たちが満足するとしないにかかわらず、キャサリンが知らない資源に接近する必要がある。したがって、私たちには、キャサリンに必要な資源とは何なのか、それは手に入るのか入らないのか、どうすれば効果的に接近できるのかを考える責任がある。そして、私たち自身がそれらの資源と関係を持ち、必要な資源がまだ存在しないならば、それを創り出すことにも力を注ぐという責任があるのだ。 
 私が資源と言うとき、キャサリンのような女性を援助できるような機関、サービス、政策についてだけでなく、コミュニティ全体によって表現されている価値観や信念をも含めている。安全と自己決定への関心、平等で多様性を認める価値観などであるが、それらは、具体的な援助資源がどれだけ利用できるかを決定する。つまり、女性と子どもが必要なとき、シェルターや安全な家を適切に利用できるかどうかは、そのコミュニティがどの程度まで、安全に価値を置いているか、女性と子どもを尊重しているかを示すバロメーターとなる。そのような資源がほとんどなく、基金もなく、女性たちが利用できないとすれば、それが、そのコミュニティの価値観を表している。
 結局のところ、私たちはみな、コミュニティからアイデンティティと所属感を引き出し、それが、自分自身をどう捉えるか、自分の経験にどんな意味を与えるかに決定的な役割を果たす。最近、私と同僚は、VOVプログラムで行ったトラウマからの回復と回復力に関する継続中の研究でインタビューした3人の性的虐待サバイバーの語りを検討する論文を執筆した。これら3人の女性の語りが説得力を持つのは、自分の経験した虐待を、加害者側から見た物語から自分を世界の中心においた語りへと変容させていくプロセスを垣間見せてくれるからである。彼女たちは、それぞれ、回復に不可欠なものとして治療者と治療を信頼し、過去を語った。しかし、それぞれの女性が、自分のために行動し、社会的支援を得、コミュニティの資源に接近できるような社会的、発達的文脈において回復を創り出したということも真実である。
 たとえば、アニーは、コミュニティのなかから、自分の望みにあったお産を援助してくれる助産婦をさがした。地域のクリニックの待合室で出会った女性から助産婦のサービス機関を知ったのである。クリニックのトイレのポスターは、女性への暴力が法律に反することだと知らせ、アニーは、そのポスターのことを覚えていた。後に、彼女は、アフリカのダンス・グループに加わり、30数年恥と嫌悪を感じ続けてきた自分の体をコントロールし、受け入れるようになった。このダンス・グループのことは、助産婦が紹介してくれたヨガのクラスにいた妊婦から聞いたのだった。アニーが心理療法を始めたのは、虐待の加害者である義父を訴えたいという復讐心からだった。治療を終えるまでに、彼女は法的行動を起こし、義父の養子縁組を解消し、血のつながった父親とのつながりを回復した。彼女の物語りは関与の物語であり、恥じ、怒り、孤立からエンパワメントとつながりへの移行を示している。
 ソーニャが治療にやってきたとき、父親から虐待されていたという考えが、まだ彼女を苦しめていた。彼女は、父のしたことをずっと記憶していたが、それをインセストだと理解したのは、子どもを持ってからである。彼女は、母親にも姉妹にもそれを打ち明けていなかったが、最初にしたことは、自分の経験と苦しみを、職場の上司と人事部の女性に打ち明けるということだった。その結果、つらい時には休みを融通するよう励ましてもらった。また、保険が切れたとき、会社が治療費を捻出してくれた。彼女は、この二人を信頼した。打ち明けることを試し、良い結果を得て、家族にも打ち明けたのである。
 今では、彼女は、自分の力を感じている。彼女は個人セラピーとグループセラピーを受け、カップルでも家族でもセッションを受けた。そして、一生懸命、治療に取り組んだ。職場では、上司と同僚に子どもの虐待の現実を啓蒙し、彼らと一緒に、被害者、とくに、そのコミュニティに住む被害者の権利を経済的、技術的に支援する機関を立ち上げた。
 これらの物語のポイントは、癒しと回復、変容がより広い世界で起こっているということである。女性たちに安全とつながりと行動への新しい機会を提供するコミュニティの中で、変化が生じている。キャサリン、アニー、ソーニャのような女性を治療する者の重要な責任は、新しいコミュニティへの「生態学的橋渡し」としてサービスを提供することである。つまり、クライエントが、女性の安全と癒しを援助するようなコミュニティ資源に接近できるよう、学び、創り、助ける責任がある。
 虐待された女性や子どもと関わる治療者は、これらの価値観を育て、これらの資源を創り、キャサリンのようなクライエントがそれらに接近できるよう援助する方法を知っている責任がある。たとえば、バタード・ウーマンのシェルター、ホットライン、安全の家が私たちのコミュニティにあるだろうか?あるならば、その連絡先。ないなら、今の彼女に一番役立つ、一番近くにある資源は何なのか? レイプ・クライシス・サービスやホットラインはあるか?電話番号は?被害者の権利擁護サービスがコミュニティにあるか?電話番号は?このような女性たちの力になれる援助者の名前と連絡先。そのような人を知らないならば、どうやって探せばいいのか?どうやって訓練したらいいのか?
 キャサリンの子育てを支援してくれる機関があるか?子どもが暴力を目撃することでこうむる危険について彼女が学ぶためには何ができるだろう?女性の物質依存へのサービス機関は?12ステップのグループで彼女が利用できそうなものがあるか?それ以上に、キャサリンのような女性に安全と安らぎの場を与えてくれるグループや機関はあるか?他の女性と話す機会があるだろうか?一人じゃないことを学ぶ機会は?
 キャサリンのような女性が回復を援助するコミュニティに接近できるよう、私たちが把握しておく必要のある生態学的資源に関するこれらの問いの陰にあるのは、フェミニスト臨床家たちは、臨床家としての役割と同時に、社会活動家としての役割を担う使命もあるということだ。

(3)フェミニスト臨床家にできること

 安全でサポーティブなコミュニティの要素とは何だろう?キャサリンのような女性がこの社会で安全であると感じるばかりでなく、自分は安全に生きるに値する存在だと感じるようになるには、耳を傾けられ理解されていると感じるばかりでなく、エンパワーされたと感じるようになるには何が必要だろう?いくつかのアイディアをあげてみよう。

(i) 個人の安全を重んじる価値観
(ii) 女性と子どもを含む人権を重んじる価値観
(iii) 違いと多様性を認めること
(iv) 葛藤の解決策としての暴力を拒否すること
(v) 人種差別、性差別、年齢差別などあらゆる差別の拒絶
(vi) 以上 (i) から (v) を具体化する資源(暴力防止プログラム、暴力と虐待の被害者の避難所、危機介入と権利擁護サービス、政策と公共教育、適切な法的・医学的・心理的資源、差別撤廃のキャンペーンなど)
 今日、女性と子どもに向けられている暴力のレベルを、臨床の仕事によって訴えることはできない。むしろ、私たちが面接室で学んだ、どれほどの暴力があり、どれほどひどい損傷があるかをもとに、社会活動と政策の領域へとつなげていくことが必要である。これらの暴力は、おそらく、女性や子どもへの「嫌悪(ヘイト)」、少なくとも「軽蔑」の表現と理解することができるだろう。
 フェミニズムは、女性の人生の政治的分析を可能にする。フェミニスト臨床家が、虐待や暴力に傷ついた女性や子どもの力になろうとするなら、これらの問題を臨床的な視点からばかりでなく、政治的な視点からも分析する必要がある。女性を取り巻く社会的状況を理解したうえでの臨床的サービスであってこそ、キャサリンのような女性の回復を助けることができるのだ。
 キャサリンが自分に向けられた暴力を理解し対処するうえで、彼女の治療者が、彼女は安全に生きるに値する存在だと教えてくれるようなコミュニティの資源につなげることができれば幸いである。これに成功すれば、ソーニャのように、キャサリンも、自分の経験を利用して、女性や子どものために社会を変える行動を起こすかもしれない。しかし、彼女が苦闘するあいだに、彼女がどんなに傷つき、この社会にはどんなに多くのキャサリンがいるかをよく知る私たちは、このような社会の価値観を抜け出し、新しい社会秩序を主張していかなければならない。 

※ 本原稿は、ハーバード大学医学部主催『女性から学ぶ』カンファレンス(2000年4月28・29日)での発表原稿をもとに、修正加筆したものです。

文献

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(メアリー・ハーベイ(1999)「生態学的視点から見たトラウマと回復」『女性ライフサイクル研究9号』女性ライフサイクル研究所)

Harney, P.A., Lebowitz, L. and Harvey, M.R.(1988) A stage by dimension model of trauma recovery: application to practice. In Session: Psychotherapy in Practice, 3(4)

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