『女性ライフサイクル研究』第10号(2000)掲載

心理療法にセックスが入ってくるとき

アメリカ心理学会女性委員会(ワシントンDC)

 この論文は、心理療法にセックスが入ってきたとき、それがどんな影響を与えるのか、どうしたらいいのかをクライエントが理解する手助けとなるよう出版されたものである。まず、以下の点を理解して欲しい。

1.心理療法をやっている治療者は、その大部分が倫理的であり、プロフェッショナルとしての基準を守り、クライエントのことを考えているが、ごく一部に、倫理に適わないことをし、クライエントにとって何が一番ためになるのかを考えない人がいる。
2.クライエントが不適切ではないかと感じた場合、ほとんどの治療者は、クライエントが心理療法の消費者サービスに相談し、助言をもらう方が、クライエントのためになると考えるものである。
3.この論文は、とくに心理療法家に関わる状況と問題を説明するためのものだが、それ以外の治療やカウンセリングを行うメンタルヘルス・ワーカー(精神科医、ソーシャルワーカー、看護婦、牧師、その他)には、すべて通用する。

 これは、1986年に書かれ、1986年までに修正加筆を繰り返し完成させたものだが、その間、たくさんのメンタルヘルスのプロたちがこれを必要とし、取り寄せた。そこで、もっとたくさんの人々が読めるように、メジャーな雑誌に公表することにしたのである。

○治療者がクライエントと性的接触を持つことは倫理に適っているか?

 答えはノーである。メンタルヘルスの分野のプロ、とくに治療者には守らなければならない倫理規定があり、それはほとんど共通したものである。とくに、クライエントと性的接触を持つことは、どこでも、はっきりと禁じられている(アメリカ心理学会、アメリカ精神医学会、ソーシャルワーカー協会、その他、心理療法と関わるさまざまな職種の倫理規定)。

○性的接触を持つことがなぜ治療関係に悪いのか?

 クライエントと性的接触を持つ治療者は限られているが、それは倫理違反であり、クライエントにとって有害である。なぜなら、性的接触は、治療関係が持つべき客観性を破壊し、クライントが治療者はもちろん、他の人を信頼することを傷つける可能性があるからだ。だから、治療法として認められていない。あなたの問題がどんなものであれ、治療者と性的接触を持つことで解決することはない。治療関係に性的接触を持ち込もうとする治療者のほとんどは、それ以外のクライエントとも同様の関係を持っている。治療者と性的接触を持ったことでよくなった人は、まずほとんどいない。その悪い影響はすぐさま現れることもあるが、時間が経って初めてわかる場合もある。

○治療における性的接触とは何なのか?

 「性的接触」とは、セックスだけでなく、性的なニュアンスを持つ言葉から、意味ありげの抱擁やキス、手、口、性器での接触まで、幅広い行動を含んでいる。暖かく思いやりのある接触はあり得るが、その場合、その行動について治療者と話し合うことのできるものでなくてはならない。また、治療のなかで、あなたの性的な感情について話し合うことはあるかもしれない。それによって、あなたに利益があるならば、それは倫理違反ではなく必要なことだろう。
 しかし、治療者と性的接触を持つことは、あなたの利益にならない。そのような例に関するほとんどの研究で、はっきりと有害であることが報告されている。治療者が、あなたには性的と感じられる仕方であなたに触り、治療者は性的なつもりはないと言ったとすれば、決めるのは、あなたである。それがあなたに及ぼす影響が一番よくわかるのは、あなたである。
 倫理的な治療者は、あなたを不快にしたことについて、率直に話し合い、そのようなことはやめたいと思うだろう。あなたの治療者ならば、不快であるというあなたの感情をねじまげようとせず、尊重するはずである。あなたが不快だと言っているのに、それを続けるとすれば、それは不適切な振る舞いである。治療者の意図をあなたが誤解している可能性もあるが、それでも、話し合いの結果、治療者が態度を変えないならば、状況を変えるために、次のステップ(これから述べる)を取るべきである。

○治療者に恋をしてしまった場合は?

 治療の過程で、クライエントが治療者を好きになったり、愛情を感じるのは、ごく当たり前のことであり、性的魅力を感じることもある。(これはあまりにもよくあるので、それを説明する「転移」という心理学用語がある。)結局、良い治療者は、クライエントを気づかい、サポートしてくれるので、愛情を感じるのが自然である。でも、あなたのことを考える良い治療者ならば、そのような気持ちを利用して性的関係に巻き込むことが、どんなにあなたを傷つけるか、わかるはずだ。だから、あなたの感情について話し合い、援助したいと思うだろう。同時に、あなたの治療者なら、互いに愛し合ったり、気づかったり、育てていける人間関係を、あなたが、あなたの生活の中で見つけていく援助をしようとするだろう。

○治療者と性的関係を持つために治療をやめることは?

 治療者と個人的な関係を持つために治療を終わらすことは、決して良い考えとは言えない。個人的関係に入るために、あなたか、あなたの治療者のどちらかが、急いで治療を終わらせてしまえば、あなたは必要な治療を得ることができなくなる。また、治療者があなたに及ぼしていた影響を完全に消し去ることはできないし、あなたは、いつも援助を求めてこの人に会ったということを思い出すだろう。あなたと、あなたの治療者が、性的関係に入ること、あるいはそれを継続することを考えているのなら、治療者を変える必要がある。その治療者との個人的関係を終わらせなさい。治療者の方は、すぐさまスーパーバイザーか自分の治療者に助言を求める必要がある。

○治療者の性的な行動に戸惑いを感じたら、何ができるか?

 治療上、どんなことであれ、戸惑いを感じたら、まず、治療者に伝えよう。すでに触れたように、性的な感情について話し合うことは、戸惑いを感じたとしても、治療上、有益なことがある。このような場合、治療者は、あなたの感じている問題や不快さをあなたが理解できるように援助してくれるはずだ。治療者が、あなたに性的魅力を感じるだとか、あなたとの性関係を空想するなどというようなことを言う場合、あるいは、言葉や態度であなたを性的に誘惑しようとした場合、性に関するあなたの問題を解決する援助をしているとは言えない。あなたが自分の問題を扱うよう励ますことをせず、治療自身の性的感情や活動について話し、身体接触を求め、あなたが嫌な気持ちがすると伝えても態度を改めないようならば、治療者の意図を疑う十分な理由があるだろう。

○治療者が不適切な振る舞いをしたと感じたら、どんな選択肢があるか?

 治療者が不適切な行動を続け、そのことを率直に話し合おうとしないなら、あなたが取れるいくつかの選択肢がある。たとえば、別の治療者を見つけること、申立てをすること(さまざまな種類の申立てがある)である。最終的にどの方法を選んだとしても、それによって生じるリスクと利益を知っておく必要がある。「何もしないこと」は「間違った」行動であるが、それ以外には、ひとつの「正しい」行動があるわけではない。行動を起こすことは、時に苦しく困難なことではあるが、ここで論じた何らかの行動を起こした人々は、行動を起こしたことで安心感が増し、一人の人間としての自信も増したと言う。重要なことは、何をするかを決めるのはあなただし、あなた自身の欲求、感情、利益が反映される仕方で決めるべきだということである。
 まず初めに、あなたが申立てをしていることを治療者が知ったらと考えることは、辛いことかもしれない。治療者のこと、治療者の仕事や評判、結婚生活のことが心配になるかもしれない。しかし、クライエントと性的関係を持つ治療者は、非常にしばしば、他者を傷つけたくないというごく自然な欲求につけこんでいるのである。治療者は、あなたを信頼しているし、裏切るはずがないと思っていると言うかもしれない。このやり方は、自分のことしか考えず、自分の不適切な行動の責任逃れのためのものである。実際、こんなふうに、治療者があなたにつけこんでいるとすれば、裏切られてきたのは、あなたの方である。また、その治療者の倫理違反を誰も報告しなければ、その治療者は、同じようにして他のクライエントをも傷つけるだろう。
 治療者と話し合っても納得できない場合、別な方法で解決したいと思うかもしれない。いくつかの方法を以下に紹介する。

1.別の治療者のところへ行く。治療を終わらせるのは、あなたの権利であり、特権でもあるが、他の治療者のサービスを受け、必要な治療を受ける方が良いだろう。同時に、元の治療者のしたことに対して、何らかの行動を起こすことを考えることができる。

2.その治療者が雇われているのなら、そこのスーパーバイザーや責任者に会って話すこともできる。そうでなくても、ここに列記した他のどの方法も取ることができる。

3.その治療者が資格のある身分なら、資格審査委員会に報告することができる。資格審査委員会は州政府の一部でもあるから、料金を取って公衆にサービスを提供するに値するかどうか、その信頼性をチェックする責任がある。資格審査委員会は、非合法の行為の申立てについて調査し、違法であることが証明された場合の資格抹消を含む制裁をとる権限を持っている。
 資格審査委員会は場所によって違うが、事務所を探しコンタクトすることができるだろう。電話相談やその他の援助機関が情報をくれるかもしれない。その治療者が、資格を持っていないのに、持っていると偽っていた場合も、審査委員会に報告すれば、不法行為として調査してもらえるだろう。

4.州の専門協会に報告することもできる。そこの会員なら、直接、調査したり、倫理委員会に紹介したりするだろう。州レベルの協会は資格に対しての権限は持たないが、協会から追放するなどの罰則を適用できる。そうなれば、少なくとも、その州では、その治療者が仕事を続けるための資格を得たり、維持することは難しくなるだろう。

5.国レベルの協会の会員ならば、そこの倫理委員会に訴えることができる。国レベルの主な機関は、倫理委員会を持っているはずである。

 どこの協会であれ、協会にコンタクトできたら、まず、その治療者がそこの会員であるかどうか確認する。次に、申立ての手続きについて尋ねよう。この時点では、あなたが、なぜ、誰を訴えようとしているのか言わなくても自由だし、実際に申立てを起こすまではあなた自身のことを明かす必要はない。協会は手続きを教えてくれるだろう。あなたが、性的な不法行為について尋ねたり、訴えたりすることをためらう気持ちを理解して、真剣に耳を貸してくれるだろう。プロフェッショナルの集団は、そのようなことが二度と起こらないよう、倫理違反の訴えを聞きたがるものだ。あなたの告発が確認されれば、次に取るステップはたくさんある。

 民事訴訟を起こしたり、刑事訴訟も考えられる。このような場合、裁判所へ行くことになる。治療者がクライエントと性的接触を持つことが、刑法に違反する州もあるが、2、3年で時効になる州もあるので注意すること。法的な分野に関して、経験のある弁護士の助言をもらう必要があるだろう。資格審査委員会や協会に申立てする場合でも、弁護士の助言をもらうことを考えてもよい。この場合、時間をかけて、この種のケースに経験豊かな弁護士を選ぶこと。
 裁判で精神状況が問題になった場合、治療者/クライエント間の守秘義務はなくなるので、個人的なこと、あなたの治療に関する非常に繊細な情報が裁判所に持ち込まれることになる可能性がある。さらに、裁判は公開される場合がある。

○訴える行動をとることで生じてくる感情をどう解決するか?

 治療者を訴えることは、非常に長く困難なプロセスになり、裁判の場合だと何年もかかることがしばしばである。その過程で、困難なシステムにからめ取られているような気分になることもあろう。訴えるという行動にでた人は、共通して、意気消沈したり、圧倒されたり、怒りを感じるものである。だから、このプロセスを支えてくれる人を周囲に見つけ、信頼できる代弁者を持つことが重要になる。このような支援は、友人、サポート・グループ、新しい治療者や弁護士から得られるだろう。いずれにしても、たった一人でやることは避けるように。申立てを始める前にこのような支援体制を整えておく方が、安心して、自分の選んだ方法に確信を持つことができるだろう。

○あなたの経験したことで生じてくる感情をどう解決するか?

 行動を起こす前、最中、後、いずれの時点でも、前の治療者の倫理違反の結果、生じてくる問題を扱うために、別の治療者にかかることを考えよう。治療者と性的な関係になってしまった人々に共通することは、自分の身に起こったことを考えると混乱したり、その治療者に愛と憎しみを同時に感じることである。また、そんな経験はあれば、別の治療者を見つけることは、とても怖いことかもしれない。それでも、それゆえにこそ、注意深い消費者であるように。治療者に虐待された人の治療の経験があり、あなたをサポートし、あなたの状況を理解してくれる治療者を見つけること。州や地域の職業機関が、そのような専門家のリストを持っているかもしれない。
 他の選択肢もある。地域によっては、治療者から虐待されたクライエントによって組織された自助グループや援助機関もある。あるいは、性被害・レイプクライシスセンターなども力になってくれるかもしれない。
  どこに行けばわからない場合は、アメリカ心理学会女性委員会に問い合わせてくれてもよいし、そのような機関のリストがみつかるかもしれない。どんな行動を取るとしても、次の点に注意して欲しい。

1.治療者/クライエント間の性関係が起こった時、クライエントにはまったく責任がない。それがあなたに起こったとしても、あなたが恥じたり、責められたりすることではない。たとえ、あなたの方が先に、治療者に愛情を感じ、それを表現した場合でも、同じである。あなたの愛情や関心から搾取しないことは、治療者の責任である。そのような関係は搾取であるからこそ、あなたを傷つけるのである。

2.治療者/クライエント間の性関係は、あなたの問題を扱う適切で有効な方法では決してあり得ない。それどころか、しばしば、大きな苦痛と混乱の源になる。あなたの治療者が性的関係を持つことを仄めかしたり、すでにそんなことをしているとすれば、それは、あなたに対する倫理的、職業的関心が欠如している証拠である。

3.アルコールや薬物の影響で、また人生の危機に直面して、そのような行動に出る治療者もいるが、だからと言って、責任は免除されない。どんな状況であっても、クライエントは傷つきやすく、治療者を信頼せざるを得ない立場にあるから、責任や罪悪感を感じたり、自分が性的接触に積極的に参加したように思える場合でも、あなたには、治療者の責任を問う権利がある。また、自分の救済のために適切で必要だと思うどんな正式な行動でも起こす権利がある。

4.最後に、この複雑で苦しい問題を扱おうとしている自分自身を褒めてあげよう。このような行動を起こすことは、力と勇気がなければできないことだ。
 あなたが決心するさい、この論文が何らかの助けや励ましになることが、倫理的な心理療法家、その他のメンタルヘルス・ワーカーの願いである。 (Professional Psychology: Research and Practice, 1989, Vol.20, No.2, 112-115)