『女性ライフサイクル研究』第16号(2006年)掲載

トラウマからの回復とレジリエンス

女性ライフサイクル研究所 窪田容子

1.はじめに

カウンセリングを通して、様々な心的外傷体験のある方と出会ってきた。虐待、大切な人の死、いじめ、DV、犯罪被害など。過酷な状況の中で様々な症状を抱えつつ、時には絶望しながらも、生き延びてきた人たち。その逞しさ、力、強さには、驚嘆することもしばしばである。人はこんな過酷な状況の中でも、それを跳ね返し、回復していける力を持っている。しかし、たとえ一見同じような重さ深さの心的外傷を体験したとしても、損傷の程度や、そこからの回復は、人によって違いがあることも感じてきた。その違いには、どのような要素が関係しているのだろうか。

ハーヴェイ(1996)は、トラウマ反応と回復に影響を与える人の変数には、年齢、発達段階、被害時の苦痛の程度、知性、人格、感情、認知、トラウマ以前の対処能力、先立つ外傷、加害者との関係、自分の文化の中で被害体験をどう理解するか、援助を抵抗なく受けられるか、家族、友人、重要な人が希望、粘り、回復力を提供してくれるかなどがあるとする。リジリエンスに関する体系的な研究から、トラウマの影響、回復、リジリエンスを、後述する8つの次元によって特徴づけられる多元的な現象とした生態学的モデルを提示した。筆者も、この生態学的モデルが、トラウマ・サバイバーの損傷や回復の程度、回復のために生かせる力を知るために大変有用であることを感じている。

このたび、子ども時代から成人以降に渡って様々な逆境に遭遇し、今ははつらつと人生を楽しんでいる一人の女性にインタビューさせて頂く機会を得た。この事例を、ハーヴェイの生態学的モデルに照らして考察したい。

2.ある女性の体験

山上すみれさん(仮名)。40代後半で、夫と二人の子どもがおり、保育士をしている。周りの人へのまなざしが優しく、細やかな配慮のできる方である。

子どもの頃の家族は、父方祖父母、父母、弟、妹。自宅近くに父の経営する会社や従業員の寮があり、従業員、寮母、家政婦、近所の人などの関わりの中で可愛がられて育った。母はのんびりしているすみれさんが、要領が悪く見えたのか、「さっさとしなさい」「ちゃんと考えたん?」と言うことがあった。多くの親がするような何気ない言葉であったが、すみれさんは、自分が「ちゃんとできない子」だと感じた。当時は自分に自信が持てなかったが、誰かに助けてもらえるという思いはあった。

小中学生の頃は友達とよく遊んだ。中学生の時、男にナイフを突きつけられ、性虐待にあう。すみれさんは「何もせんといて」と言い続け、ナイフをつかみ、10数針縫う傷を負ったが、身を守り助けを求めた。その後、母と対面したときのことが思い出せない。お父さんも泣いていたよと言われ、悪いことをしたと思った。このことには誰も触れず、飼い犬に話しただけであった。

高校2年からは運動部の部長となった。部活は楽しかったが、顧問と部員との板ばさみにあい、よく泣いていたと後に友達に言われるが、覚えていない。自分の髪を抜いていた。大学生活は充実していて、仕事においても、周りの人に親切にしてもらう。

24才の時、父が自殺した。自殺を止められなかったという悔いが残った。父の肩を落とした後ろ姿に、声がかけられなかったこと、父と初めて映画に行った帰り道、仕事先の所長を「お父さんみたいやねん」と言ったことが、死ぬことを安心させたのかと思うことなどである。その後、弟が不安定になる。長男である弟は「自分が何とかせねば」という思いが強かった。次第に、引きこもり、母親に命令をし、壁を叩き続ける状態が2年続く。すみれさんは危害が加えられないかと怖かった。母は相談機関に行くも、「本当の息子なのか」と言われるなど傷つくばかりだった。入院するも扱えないと退院させられ、頼れるところがなかった。仕事からの帰り道、最後の角を曲がるときには、いつも「楽しい世界から戻らなあかん。予想しとかんと。救急車が止まっているかもしれへんで」と覚悟した。

「地獄のような家の中には喜び生まれない、私が外から持ってくるしかない」思ったすみれさんは結婚。初めての子どもが、生後間もなく亡くなる。夫の支えで次の子が欲しいとまた思えるようになり、その後子どもを二人産み育てた。いじめによる自殺が社会問題となっていた頃、自分の体験を生かせる仕事をと考え、保育士になった。子どもたちも、すみれさんには話を受け止めてもらえると分かるのであろう、家庭内の問題や性虐待、いじめにあったことなどをすみれさんに話すことが多い。そんな子どもたちを日々支えて、奮闘している現在である。

3.生態学的モデルから捉える

ハーヴェイは、コミュニティ心理学の生態学的視点を用い、極度のストレスに対する反応を形づくる、人、出来事、環境の相互作用に注目しながら、トラウマの影響に多次元的視点を与え、トラウマの影響、回復、レジリエンスは相互の関連する8つの心理的経験領域にわたって多様に表現されることを記述した(村本,2005)。ここでは、この生態学的モデルの8つ次元から、すみれさんの体験を捉えてみたい。

@記憶の再生への権限

トラウマは、記憶の再生と利用に混乱を与えるが、回復すると、記憶喪失がなくなり、いきなり意識に侵入してきたものを、思い出すか思い出さないかを選択できるようになる。

すみれさんは、記憶の意識への侵入はほとんどなく、性虐待の場面も詳細に覚えている。しかし、虐待後に母と会った後の記憶と、高校時代の部長だった頃に周りに理解してもらえずに泣いていたことが思い出せない。「分かってもらえない」という体験を意識に上らせないことが、生き延びる手段でもあったのであろう。すみれさんは5年前から3年間ほど、過去の体験と抑圧との関係について学び、抑圧から開放され、自分らしく自信を持って生きていくということを目的とした講座と、お互いの話を語り合い、聴き合うというピアカウンセリングの体験をした。その体験を通して、また今回のインタビューで語る中で、新たに記憶を取り戻したことがあった。

A記憶と感情の統合

記憶と感情が分離せずに結びつき、感情を伴って過去を思い出すことができることである。

すみれさんは性虐待についても、その後は犬に話しただけである。父の自殺後も、自分が支えないといけないと泣かないと決め、誰にも気持ちを語れず、家族とも話したことがなかった。つらい感情を、一人で抱えてきたことは、かなりの重荷であったことだろう。ピアカウンセリングを通して、自分の思いを語り涙を流す中で、感情を取り戻し、「大事なことが分からない」「自分は優しくない」という思いが、父親の自殺とつながっていたことに気づいた。根底にある抑圧と自分のせいではないという気づきを得て、楽になった。最近、仲間と感情的にぶつかることがあったが、仲間への信頼に支えられて、その気持ちが過去からきていることに気づいた。

B感情への耐性と統制

経験できる感情の範囲と、困難な感情に持ちこたえ、扱える能力の程度を表す。

すみれさんは様々な感情を味わえるが、時に強い自責感に悩まされる。犯罪や人の死、病を前に、無力であることを受け入れ難いため、何とかできたのではと思いめぐらし、それが自責感につながっていったのであろう。すみれさんも、知的には自分に責任はないと思えるが、気持ちの上では自責感が残る。最近妹と話した時に、妹の自責感の少なさに驚き、「自分が何とかせねば」という思いを取り込んでしまっていることに気づいた。取り込んでしまったものから開放されることが、これからのすみれさんの課題となろう。

C症状管理

トラウマによって生じた認知と感情の混乱を予期し、対処することができることである。

すみれさんは、普段は症状はないが、不安と無力感が波及し、悪い方向に考え、活力を失い仕事に集中できないことがある。しかし、仕事を通して子どもへの関わりについて学ぶ中で、自身も不安や無力感も否定せずに感じようとしており、このような感情ともうまく付き合う方法を身につけてきたようである。

D自己評価(セルフケアと自己尊重)

自分に配慮し、ケアする能力である。

すみれさんは、様々な活動にバランスよく携わり、自分を大切にしている。一時は髪を抜いていたころもあったが、子どもの頃から周りの人に大切にされる中で、トラウマ体験の後でも、自暴自棄にならずに、自分自身をケアすることができたのであろう。しかし、誰も心配してくれない、わかってくれないという気持ちになることがある。長い間、つらい体験を、誰とも共有できなかったことが関係しているのだろう。ここまでやってきたとの思いはあるが、「この先何かあったら、何も出来ない気がする。そこは鳥肌たつが、対処は難しい気がする。できない、大事なことが分からない自分という思いは強い」と言う。それは、父、弟、第一子の、「誰も救えなかった」との思いや、「ちゃんと出来ない子」という思いも絡んでいるであろう。生へ執着も薄く、自分がいなくても良いのではないかと思うこともあるが、仲間からの肯定的メッセージにより、良い方向に変化してきた。

E自己の凝集性

思考、感情、行動の面で、自分自身を統合されたものと感じている程度を示す。

すみれさんには、記憶の欠落が一部あるが、凝集性が大きく損なわれることはなかった。

F安全な愛着関係

信頼、安全、継続的な関係を持つ能力を表す。

対人関係におけるトラウマのある人は、人との関係に影響が出ることが多いが、すみれさんにはその影響が少ない。家族を越えたコミュニティからのサポートが、家族内の逆境へのクッションの役割を果たしたのであろう。社会への基本的信頼感が、結婚にもつながっていく。家の中は地獄でも、外の世界への信頼感は失っていなかった。環境に恵まれたばかりではなく、すみれさん自身が環境から良い部分を取り込む力を持っていたことも関係しているだろう。

G意味づけ

トラウマの影響について理解し、意味づけることである。

すみれさんは、ある時「布置」という概念を学び、「人は乗り越えられるところに置かれる」と思うようになった。逆境を恨むのでも、否定するのでもなく、乗り越えられるところに置かれるという意味づけをもって受け入れることは、今後何かの逆境にぶつかることがあった際にも、生きる力になっていくだろう。「誰も、自分のようなつらい思いをするのは嫌だ」との思いが原動力となり、保育士の仕事につながった。今、「嫌なことがあっても、自分はあきらめない。今の自分はくもりがないと思う」との思いがある。それは、逆境を乗り越えてきた体験に裏打ちされてもいるのだろう。

4.トラウマからの回復を支えるために役立つこと

トラウマ・サバイバーが、回復する道筋は単純ではない。回復に何が役立つのかは、ケースバイケースであるが、一般的にトラウマから回復するために役に立つと考えられることについて、ハーヴェイの生態学的モデルの8つ次元に沿って、ハーヴェイ、ハーマン・J・L(1996)、筆者の臨床経験などを元に述べたい。

@記憶の再生への権限

記憶と意識の変異はトラウマ性障害の中心である(APA, 1994)。サバイバーはしばしば、自分が経験したことの記憶の一部がなかったり、その場面が突然現れて、凍りついてしまったりする(van der Hart, Steele, Boon & Brown, 1993)。理解される場で語ることは、記憶の再生への権限を回復するために役に立つ。ただし、記憶と向き合っていくためには、日常生活の安全や、セルフコントロールの力とのバランスに気を配る必要がある。

A記憶と感情の統合

記憶ははっきりとつながっているが、思い出しても何も感じない、ほとんど感じない場合がある。逆に、特定の刺激に反応して、恐怖や不安、怒りなどが押し寄せるが、これらの感情が何と結びつくのかまったくわからない場合もある(Harvey & Herman, 1994)。トラウマ体験の記憶に目を向け語る中で、事実ばかりではなく何を感じたかを探っていくことや、現在の感情に目を向け、その感情が過去のどのような記憶と結びついているのかに気づくことは役立つ。トラウマと影響について学ぶことも、気づきを促進するだろう。回復すると、記憶と感情が結びつき、感情を伴って過去が思い出せるようになり、過去についての現在の感情も区別して理解できるようになる。

B感情への耐性と統制

トラウマと結びつく感情にもはや圧倒されたり脅かされたりしなくなることである。圧倒されたり、防衛的な感覚麻痺や解離なしに、感情を受け入れ、耐えられるようになる。Aで述べたことが、感情への耐性と統制にもつながっていくが、そのためにはサバイバーを支え、サバイバーの話に耳を傾ける人がいることが支えとなるだろう。

C症状管理

症状を予測しうまく対処できるようになることである。自分の症状について理解し、対処法を身につけ、必要な支援を得たり、ストレス管理の技術を学ぶことが役立つ。

D自己評価(セルフケアと自己尊重)

トラウマは、自己の価値に対して破壊的な影響を及ぼす。回復すると、自分をなだめ、現実的に自分を評価し、自己実現していけるようになる。自分はケアを受けるに値することに気づき、周りからのケアを受け入れ、自らも心身を大切に扱うことや、肯定的メッセージを得ることが役立つ。

E自己の凝集性

幼少期の慢性化し繰り返された被害は、自己を不連続で断片化したものにするが、回復すると、凝集性を持ち一貫した自己が体験される。カウンセリングなど安全な場を通して、切り離していたものに向き合い、統合していく作業が役に立つ。

F安全な愛着関係

暴力や信頼の裏切りを伴うトラウマ体験は、安全で支持的な人間関係を求め、維持していく能力を危うくする(van der Kolk, 1987)。安全な愛着関係を取り戻すには、相手が信頼に値するかどうかを見極める力や、人との境界線について学ぶこと、また適切に自己表現することを学ぶことなどが役に立つ。

G意味づけ

意味づけは個人的なものであり、非常に個性的なプロセスである。トラウマに向き合い学ぶこと、信仰や社会活動、創造的・芸術的活動に携わることも意味づけを促進する。

 

トラウマ・サバイバーが、損傷を受けたままであれば、適切に自分を守ることができずに、更なる逆境にまきこまれやすくなる。一方、トラウマから回復した場合は、レジリエンスが高まる。将来出会うかもしれない逆境に対しても、高められたレジリエンスにより、乗り越えやすくなるであろう。

5.おわりに

すみれさんは、インタビューで語る中で、自分が乗り越えてきたのだと改めて思い、自尊感情が高まったと感じたという。また、初めて性虐待や父の死について家族や仲間に話をし、新たな気づきを得たり、受け止めてもらえる体験をしている。すみれさんの回復は、この先も続いていくのだろう。すみれさんの、そしてトラウマを乗り越えてきた人たちのレジリエンスには感嘆させられる。人にはどんな環境をも生き抜こうとする力が備わっているかのように思う。人は繊細で傷つきやすく、そしてとても逞しい存在であると思う。

つらい体験を語ってくれたすみれさんに感謝するとともに、すみれさんの例を通して、トラウマを体験した人たちが、人生への希望を少しでも見いだしてもらえたら嬉しい。

文献

Brooks. R & Goldstein. S(2001) Raising Resilient Children. Contenporary Books.

Daniel. B & Wassell. S(2002) Adolescence .Assessing and Promoting Resilience in Vulnerable Children 3 : Jessica Kingsley Publishers Ltd.

ハーマン・J・L(1996)『心的外傷と回復』(中井久夫訳)みすず書房 

ハーヴェイ・M(1999)「生態学的視点からみたトラウマと回復」『女性ライフサイクル研究第9号』(APA, 1994、van der Hart, Steele, Boon & Brown, 1993、Harvey & Herman, 1994、van der Kolk, 1987は本文献より引用)

村本邦子(2005)「日本語版MTRR/MTRR-T導入のための予備的研究−トラウマの影響・回復・レジリエンスの多次元的査定」『立命館人間科学研究第10号』