今月のトピック by 村本邦子

2012年4月 湧水から平和の大河へ〜国際シンポジウム「人間科学と平和教育」を開催して

4月28日立命館国際平和ミュージアムで、国際シンポジウム「人間科学と平和教育」を開催した。南京でのHWH(歴史の傷を癒す)ワークショップについては繰り返し紹介してきたが(http://www.flcflc.com/muramoto/09/03.html)、このプログラムに関わってきた人たちが集まって、今後の方向性を検討しようとするものである。私自身は2007年にHWHと出会って南京へ行き、2008年は京都で、2009年はサンフランシスコと南京で、2010年はカナダで、2011年は中国蘇州と再度、南京でという具合にHWHの試みを重ねてきた。

今回のシンポジウムは、HWHとの出会いを作ってくれた村川治彦さんを司会に、創始者であるアルマンド・ボルカス、いつも南京の暖かい受け入れ先になってくださっている張連紅先生とともに報告を行い、立命館の同僚である中村正さんと加國尚志さん(平和ミュージアム副館長)にコメントを頂いた。合間に、紫金草合唱団のコーラスと作詞者である大門高子さんのコメントもあった。

紫金草と紫金草合唱団については、メンバーの一人でもある北海道大学の小田博志さんがブログに書いている(http://odahiroshi.blogzine.jp/webessay/2012/01/post_093d.html)。紫金草の花は、侵略戦争への反省と平和への願いが代々受け継がれ、日本中に広がっていることを表すシンボルでもある。合唱団の方々が、ちょうど今満開に咲いている紫金草の花で会場を飾ってくださった。優しくはかなげな薄紫色の花だが、群生して逞しく広がっていく。この花と活動のことは、南京の虐殺記念館にあった少女の記念碑と小さな花壇で記憶していた。この記念碑は、1939年に南京からこの種を持ち帰って広めた山口誠太郎さんの息子・山口裕さんが日本で1千万の募金を集めて作ったそうだ。ちなみに、山口さんは帰国後、品川の星薬科大学初代校長に就任し、紫金草はこの大学の校花となったが、この大学の創設者星一はSF作家として有名な星新一の父なのだそうだ(ここでは深入りしないが、昔、愛読していた星新一を今度新たな視点から読み直してみたいと思う)。

80人近い団員たちが全国各地から駆けつけてくれ、会場を美しい歌声で満たしてくれたのだが、お一人おひとりのお顔を見ながら、それぞれの方々の背景にあるどんな人生と想いがここまで連れてきたのだろうと想像すると胸が熱くなった。実は、このシンポジウムに集まってきた私たち一人ひとりにも、ここに辿りついたそれぞれの物語がある。小田さんは2012年発行の報告書に「平和は、小さな湧水が流れ出し、結びつきながらいつしか大河となって、最初想像もつかなかった海へと流れ込むところに実現するのではないか」と書いている。ご本人は覚えているかどうかわからないが、2010年に開催したシンポジウムでは、「アジアの中で湧き水はある。皆さんが南京に行ってワークショップをすることも一つの湧き水だと思います。それをいかに流れにしていって他の流れと合流して大きい平和という川にしていくのかということを考える、実践していくことが私たちの今後の課題ではないか」と言った。小田さんの中にも、きっと、川から大河へ、そしてその先に海を予感させるだけの歩みがきっとあったのだ。

コメントやディスカッションを聞きながら、これから向かうべき可能性についてインスピレーションが湧いてきた。自然な流れに従って進んでいこう。まずは、明日から今度はアルマンドによる三日に渡る集中講義と二日のワークショップ、計五日のHWHトレーニングが始まる。私も今、基礎としてルネ・エムナーの『ドラマセラピーのプロセス・技法・上演〜演じることから現実へ』を読んでいるところだ。来月のトピックでは、たぶん、このトレーニングのことを紹介できるだろう。