今月のトピック by 村本邦子

2011年8月 アートセラピーと文化

8月6〜9日、中国蘇州にて開催された第三回国際表現性心理学会に出席した。そもそもは、今回のテーマが「トラウマと表現」であったため、南京セミナーに関する講演とワークショップを頼まれたからだ。繰り返し紹介してきたように、このセミナーは、「Healing the Wounds of History(歴史の傷を癒す)」という手法を使うが、これは「クリエィティブ・アーツ・セラピー」の部類に入る。意味内容としては「芸術療法」とほとんど同じだが、実は、このふたつはずいぶんと違っている。

アメリカから来た友人が驚いていたが、私自身は、アメリカでドクター論文を書いていた頃に、「トラウマとクリエイティビティ」をテーマに先行研究をするなかで学んだことだ。アメリカの「クリエィティブ・アーツ・セラピー」は、アートセラピー、ミュージックセラピー、ダンスセラピー、ムーブメントセラピー、ドラマセラピー、表現アーツセラピーなど、 芸術行為を通して自己表現を行うことを治療に結びつけていく。2005年にニューヨーク州で「クリエイティブ・アーツ・セラピスト」の州認定資格制度が始まって以来、国際的組織もでき、このような流れは当然ながら日本にも入ってきて、現在では、アメリカで資格を取ったセラピストたちによるトレーニングも行われている。

他方、ずいぶん前から日本に存在する「芸術療法」は、精神医療や臨床心理のなかで生まれたもので、絵画療法、コラージュ療法、箱庭療法、音楽療法などからなる。アメリカのクリエイティブ・アーツ・セラピストたちは必ずしも精神医療や臨床心理の領域の人々ではなく、むしろアートの専門家であるのに対して(臨床心理士などの資格と両方持っている人々もいるが)、日本で「芸術療法」を行う人は基本的に精神科医や臨床心理士であることを考えると、ずいぶんとその位置づけは違うように感じられる。つまり、アートセラピーと心理療法のどちらをより包括的な概念と捉えられるかという問題だ。

そう考えると、日本の心理療法は、戦後、アメリカから輸入されて発展したとされるものの、戦前の下地に加え、文化の影響を受け、アメリカ型の心理療法とは少し違うものとして発展してきたことがあらためて感じられる。典型的には、今回の学会で紹介されていた山中先生の「MSSM+C」(相互スクリブル物語法)や森谷先生の「九分割統合絵画法」など、画用紙に枠づけをして小さな絵を描くようなやり方は、アメリカ人にはあまり受け入れられないかもしれない。小さな枠があるからこそ安心して自由に表現できるという日本型のもの、ちょうど盆栽や箱庭のようなものかもしれない。

本来、芸術には治療的側面が含まれ得るが、治療が芸術の目的なわけではないし、逆に、狂気へ向かう芸術もあるかもしれない(たとえば、私は、ヒトラーが芸術をこよなく愛したことを考えている)。セラピーと言うからには、セラピストの意図と操作(コントロール)が入り、その善し悪しは別にして、技法化されればされるほど、目的はより焦点化されるはずである。別の言い方をするならば、「心理」や「精神」への変化を狙うのか、それを越えるもの(たとえば「身体」や「霊性」)を見ているのかという違いを指摘することもできる。とは言え、日本の芸術療法家なら、「心理」や「精神」を窓口にして「身体」や「霊性」にも働きかけると言うに違いない。それは、曖昧さを許容する日本ならでの捉え方と理解することもできる。

今回、中国で開催された「表現性心理学会」は基本的に日本の芸術療法を中心にしているが、香港や台湾など、アメリカで学んだクリエイティブ・アーツ・セラピストたちの仕事も混じっていた。日本でも若い人を中心に融合は起こりつつあるが、それぞれどんなところへ行きついていくのだろうか。そもそも、芸術そのものが、長い歴史において、陸を越え、海を渡り、その所々で影響を及ぼし合いながら独自の文化を作ってきたのだ。あの大仏の頭(パンチパーマ)はガンダーラを経てギリシャの影響を受けたのだと聞いて、その壮大な歴史のドラマに感動したことがある。最近、対人援助の場面でも、「技術移転」という言葉を耳にするが、人に関わることに単純な「技術移転」などない。アジア型のサイコセラピー、アートセラピーは、今後、形成されていくのか否か。