今月のトピック by 村本邦子

2011年5月 原発事故とトラウマ

大阪市西成区60代の男性がだまされるようにして福島第1原発で働かされていた事件に続き、作業中に60代の男性が意識不明となり心筋梗塞で死亡したことが報じられた。1400人と言われる現場作業員たちは、いったいどんな状態で働いてくれているのだろうか。一時は、日当20万とか40万とも騒がれたが、本当のところ、手当も不当なものであれば、労働条件も不当なものであるに違いない。それでは、何が正当なのかと考えてみても答えは出ない。平時にだって常に起こっていることであるが、社会的・経済的弱者が命を犠牲にて働かざるを得ない現実を思うと、罪悪感と無力感にさいなまれる。

少し前に、作業員を診察した福島原発の産業医が、作業員には、「危険な作業」「被災者」「肉親や友人の死」「加害者」の四重のストレスを感じている人もおり、早急に精神的ケアが必要であると言っている記事を見かけた。彼らに必要なのは本当に精神的ケアなのだろうか。作業中に亡くなった60代男性の死因は放射能によるものではなかったというが、無関係と言いきれるのかどうか。トラウマは心だけでなく体にも大きな影響を与えることがわかっている。以前、原爆とトラウマ、サリンとトラウマのことを調べていて、放射能や毒ガスのように被害が目に見えず、つかみどころがなく、正体を特定するのが難しいものの場合、その症状は、一層、心身の区別をつけがたいものになるのだと確信した記憶がある。

たしか、どこかにチェルノブイリのトラウマについて書かれた論文があったはずだと思い出し、本棚から古い本を探し出して、読み返してみた(van den Bout,J., Havenaar, J. M., & Mrijler-Iljina, L. I, 1995)。チェルノブイリからはや25年。あのときも、住民の被爆の恐怖が続いたが(今なお続いているが)、著者たちによれば、住民のストレスは、強制避難によってコミュニティの絆が破壊されたこと、安全基準の混乱(3ヶ国で基準が違ったこと、時間経過とともに基準が変わったこと)、社会階層の高い人々(医者を始めとした知的金持ち)が次々と街を去ったこと、生活変化、とくに子どもたちの生活変化(生活圏、遊び場、食べ物の制限など)、食べ物の安全性の不確かさからきていた。人々の反応は、信頼感の喪失と不信感の蔓延、不安と抑うつだった。

核災害の心理的影響はPTSDの概念にはあてはまりにくく、むしろ、HIVや末期癌の告知などに近い。住民たちは、常に健康のことが気になって、さまざまな不調を訴え続け、日常的なちょっとした不調にも放射能の影響ではないかと怯えている。放射能は人間の体に悪影響を及ぼし、長い時間経過とともに現れるかもしれないことがわかっているのに、実際の影響は自分の感覚を通じて測ることができないし、実際にどこからどこまでが放射能の影響なのか科学的にも不明確であるといった内容だった。

現在の日本における状況とまったく同じではないか。福島の小学校の校庭で遊び、牛乳を飲む子どもたちの姿と、祈りながらそれを見守るしかない親たちの気持ちを想像するだけで胸が潰れそうである。このような事態が起きるに至った経過と責任を問い続けることは言わずもがなであるが、せめて、正確な情報を提供し、安心感や安全感、社会への信頼と絆、コントロールの感覚が回復できるような支援をすべきである。

そんななかで、現役を引退したシニアの元エンジニアたちが「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」を立ち上げたことが伝えられた。いわゆる「シニア決死隊」であるが、放射線感受性の低くなった60歳以上で現場作業に耐えうる体力と経験を持っている者たちで行こうじゃないかという人たちである。自己犠牲の精神が美化されるのは善いことではないが、それでも、持てる者がさっさと逃げ、社会的弱者を犠牲にする社会よりは、持てる者が率先して世の中のために尽くそうとする志ある社会の方が、ずっと希望を持てる。前者をイメージすると、胸が締め付けられ息苦しくなるが、後者をイメージすると、胸が拡がり暖かさに満たされる感覚を経験するのは私だけだろうか。放射能の直接的影響はもちろんであるが、それを取り巻く社会的状況がどれほど人々にダメージを与えているのか押して測るべしである。