今月のトピック by 村本邦子

2011年1月 アメリカにおける「赤ちゃん避難所法」

毎年、この時期になると、学生たちの卒論と修論の指導にかかりきりになるが、学生たちの眼のつけどころはそれぞれに面白く、こちらもとても勉強になる。今年、学部生が取り上げたアメリカの「赤ちゃん避難所法」については、私もまったく知らなかったので、驚きだったし、いろいろ考えさせられた。今回は、この学生の卒論を紹介したい。

そもそもこの学生の関心は、世間を騒がせた熊本の赤ちゃんポストから始まった。これは、ドイツの例をヒントにしたものだが、保育器の中に赤ちゃんを安全に捨てて、安全に保護するという仕組みである。多くの国で類似した制度が導入されているが、アメリカでは、赤ちゃんを預ける特別な設備を作るのでなく、子捨てを免責する法律を定めているのだという。アメリカでも乳幼児遺棄や嬰児殺が多発して社会問題となり、テキサス州が、1999年、子捨てを免責する法律”The Baby Moses Law”を制定した。当時、テキサスでは年間100人以上の赤ちゃんが捨てられ、そのうち16人は発見されたときには既に亡くなっていた。そこで、子を捨てたり殺したりするよりも、子の命を守るために安全な子捨てができるよう、つまり、一定の条件を満たした子育ては免責されるように法律を定めたのである。

その後、他の州でも次々と同様の制度が採択され、現在ではアメリカ全州とワシントンD.C.でこの法律が制定されている。法律名は州によって異なり、”Baby Safe Haven Law”や”Infant Safe Haven Law”などが多く使われている。”Safe Haven”とは安全な場所、避難所という意味であり、この学生は、「赤ちゃん避難所法」と訳している。通常、子どもを捨てた場合は犯罪とみなされ刑罰の対象になるが、各州の「赤ちゃん避難所法」に記された通りの場所、方法で子捨てを行った場合は刑罰の対象外とされる。子を保護した機関や人は、保護した子ができるだけ早く安全な家庭で育つことができるように、養子縁組斡旋機関等に子を保護した旨を報告する義務がある。どの州においても乳幼児の保護が目的とされるが、免責の条件や関係機関の義務は州ごとに違っている。こういった情報は日本ではまだ十分に紹介されておらず、文献らしきものはほとんどない。英語が堪能なこの学生は、各州のこの法律に関する情報サイトを自分で読み込み整理したのだからたいしたものだ。

おもな相違点としては、まず、生後いつまでなら赤ちゃんを捨てて良いかという時間制限であるが、生後日数を3日以内にしている州がもっとも多く、最大で1年以内となっている(正確に子の生後時間を知ることは不可能であるが、確認方法を定める州もある)。それから、捨てることのできる人(つまり、子どもを捨てても免責される人)について、母、母の代理人、親、親の代理人、人(つまりは誰でも)の5パターンがある。親または親の代理人としている州がもっとも多い。子の預け入れについては、法律によって指定された預け受け人に直接渡す方法と、指定された場所に預け入れる方法の2種類に大別することができる。免責の法的手続きは起訴免除か裁判かに分けられ、裁判の場合には、適法化タイプ(検察側が行為者の免責事由不存在を証明する)と抗弁タイプ(行為者が免責事由を証明する)に分けられる。その他、特記すべき州として、子捨て行為者の匿名性を保証しないジョージア、預け受け時に子と親にそれぞれ同じ識別番号が記されているブレスレットが渡されるコネチカットが挙げられる。

今やアメリカ全州で「赤ちゃん避難所法」が制定され、国をあげて子の保護に取り組んでいるわけであるが、州によって取り組みに対する姿勢にも差異があり、新しい法律であるために改正に改正が重ねられている(実は、この学生がサイト情報をまとめ上げた後で、子の預け入れ可能な生後上限日数が大きく緩和された)。州ごとに違う法律の根拠は、子どもの存在に対する社会の捉え方を反映し、私たちに答えの出ない根源的問いを突きつけていると言えるだろう。たとえば、生後1ヵ月の赤ちゃんならば捨てられて、1歳の赤ちゃんは捨てられないという根拠はどこにあるのか。子を捨てる権利がなぜ母親に限定されるのか、あるいは親に限定されるのか。それにしてもアメリカというのは合理的で大胆な国である。これらの議論をとりあえず置いても、とにもかくにも捨てられて命を落とす赤ちゃんが救われるべきであるという宗教的精神にも支えられているのだろう("Safe Heaven" という英語そのものが宗教的背景を感じさせる)。今後、「赤ちゃん避難所法」はどこへ落ち着くのだろうか。

それにしても、赤ちゃんポストは「ただちに違法とはいえない」として消極的に設立が許可され、ひとつしか預け入れ場所がないために、全国各地からはるばる赤ちゃんを安全に捨てるためにそこまで行くという日本の現状には苦笑するしかない。赤ちゃんポストをめぐる議論もメディアによって煽られたセンセーショナルなものに留まり、私たちの社会において尊い命が経たれないよう私たちに何ができるのか、何をすべきなのかと自らについて考える状況にもない。もっと根源的な次元で、今一度、議論できたらと願う。