今月のトピック by 村本邦子

2010年12月 「女性国際戦犯法廷」10年を迎えて

立命館国際言語文化研究所ジェンダー研究会主催で、「バックラッシュ時代の平和構築とジェンダー〜『女性国際戦犯法廷』10年を迎えて」と題するシンポジウムが開催された。第 I 部が「戦時性暴力/日常の性暴力」、第 II 部が「歴史と言説〜『慰安婦』問題と関連して」、そして第III部が「全体討論」から成り、朝から晩まで盛りだくさんの企画だった。

「女性国際戦犯法廷」とは、ラッセル法廷に倣った市民法廷であり、尹貞玉(韓国挺身隊問題対策協議会)や故・松井やより(元朝日新聞記者、VAWW-NETジャパン) らを中心に、国際的な女性のネットワークによって2000年に東京で実行された。戦争犯罪には時効はないという国際社会の考え方に基づき、アジア太平洋戦争中の性奴隷制など女性に対する戦争犯罪、人道への罪について、軍人や官僚など個人の刑事責任と国家の戦争責任を裁き、戦後日本政府への戦後責任を問うた。ヒロヒト天皇を有罪としたこともあり、日本ではほとんど報じられなかった(NHK放映の改ざんでは裁判となっている)。市民法廷なので法的拘束力をもたないものの、責任の所在を明確にしたことで、被害者の名誉回復の一助になったはずだし、貴重な歴史資料を膨大に掘り起こし記録を残した意味は大きい。当時、私も東京まで傍聴に通い、正義を回復しようと国境を超えて立ち上がった女性たちのつながりに感動したものだ。

私は第 I 部で南京の取り組みについて報告した。同セッションの報告者たちは、沖縄問題をやっている宮城晴美さん、在日慰安婦裁判を支える会の梁澄子さん、性暴力禁止法をつくろうネットワーク呼びかけ人の鄭暎惠さん。みんな個人的には知らない人たちだったが、話を聞けば、「あ〜、あの・・・」という女性たちだ。皆、何らかの形で90年代から性暴力に関わる運動に関わってきた女性たちであり、彼女たちがどんなに大変なことを数々くぐりぬけてきたかは、自分の体験からも容易に推測できる。どの話も興味深く根底に深い共感を感じるし、そのパワフルな語りと姿にあらためて感銘を受けた。心理臨床家として私は結構タフなつもりでいたが、彼女たちといると、自分はまだまだヤワなんだと思えた。タフとは、感じない鈍感さではなく、深く感じながらも、なおかつしっかりと前を見て立つことのできる強さである。なにより、皆、ユーモアのセンスにたけていて、人生を愛おしんでいることがうかがえる。

第 II 部はどちらかと言えば、理論的なセッションであったが、どれも自分自身の関心とつながり、考えさせられた。宋連玉さん(青山学院)、イ・ナヨンさん(韓国中央大学社会学)、ヤン・ヒョナさん(ソウル国立大学法学)、岡野八代さん(同志社大学)というメンバーだ。植民地主義とジェンダーというふたつの要因の重なり具合と多次元の支配について考え始めると世界は突然複雑さを増す。現実とは複雑なものなのだ。そして、過去と向き合うことや償いの意味について。2時間にわたるシンポジスト全員が舞台に上がっての討論はいったいどんなことになるのだろうかと途方に暮れる思いだったが、これもなかなか充実しており刺激的だった。今回、どちらかと言えば、理論派フェミニストたちのグループに、心理学的観点がどんなふうに受けとめられるのか、られないのかが気になっていたが、十二分に理解や関心を示してもらったと思う。一人で法廷に通っていた頃の自分と比べれば、大きなつながりのなかに受け入れられてある自分というのは格段の進歩だ。もとより、この問題は孤立しては取り組めないものである。

そして、10年、女性たちの正義は実ったのだろうか。愛し合う行為は本当はとても素敵なもののはずなのに、なぜそれが最強の武器として用いられてしまうのか。なぜ、人類は愛し合う方法を学ぶより、競い合い支配する方法を学んでしまうのだろう。そう考えるといつも悲しくなる。それでも、10年、女性たちは声を上げ、つながり、行動してきた。前進あるのみだ。