今月のトピック by 村本邦子

2010年4月 リチャード・ガードナーと子どもの視点

リチャード・ガードナーという小児精神科医がいる。私の大好きな一人だ。と言っても、一度もお目にかかる機会もなく逝ってしまわれたが。彼のことを最初に見たのは、JIP(日本心理療法研究所)のAPA心理療法ビデオシリーズ I の第二巻「行為障害の子供とのゲームとお話を使った心理療法」だ。大きな嘘で周囲を振り回す行為障害の女の子(実は乳幼児期に母親に見捨てられた辛い体験を持つ)の事例を扱ったものだが、この手の子どもたちは自己洞察力が乏しく、困難に取り組もうとする動機が弱いので、心理療法に乗せるのが難しい。ガードナーは、ゲームを通して、物語、メタファー、寓話などの形で子どもに積極的なメッセージを伝えていく。徹底的に子どもの視点に立ち、運命に翻弄されがちな子どもがしっかりと自分の足で立てるよう、子どもの力を信頼して応援する彼の姿勢に感銘を受け、当時、私は、著書を数冊手に入れた。そのうち、『パパとママの離婚』や『シングル・ペアレント・ファミリー』は日本語にも訳されている。『ステップファミリーの子どもたちへ』を是非訳したいと出版社に掛け合ったが、どうも死後の著作権の状態が複雑らしく、残念ながらうまくいかなかった。

ところが、昨年、たまたまDVを扱ったアメリカのドキュメンタリーで、ガードナーが目の敵にされているのを見た。確かに、彼は両親の離婚による監護権争いが子どもに与える悪影響について書いた本を出版している。なぜ彼が悪者扱いされているのか不審に思いながら、そのままになっていたが、つい最近、研究チームで一緒の佐々木健さんから、「ドイツ法における親子の交流と子の意思〜PAS(片親疎外症候群)と子の福祉の観点から」(『立命館法学』第327・328号、2010)という抜刷をもらい、事情がよくわかった。つまり、彼の理論は、DVや虐待加害者側によって、暴力を振るう父親を子どもから引き離すことはPAS(片親疎外症候群)を作るから問題だという理論として利用されてきたのだ。アメリカ法は、現在、PAS理論が科学的正当性と信頼性を欠くと否定しているらしいが、そもそも本人の意図と違う形でその理論を利用していること自体がおかしいのに、ガードナーを悪者にするとは、何だかとても不愉快な気分だ。「フォルス・メモリー」の理論もそうだが、法律家たちは、時々、まったく文脈を無視して、理論のみを利用しこねくり回す傾向があるような気がする。

ガードナーの名誉のために、『シングル・ペアレント・ファミリー』(北大路書房)から私の好きな明言をいくらか紹介したい。親の離婚に直面した子どもたちへのメッセージである。

○家族の愛について

ほとんどの両親は、結婚しようと決めたころは、ふつう、とても愛し合っています。その時に、相手に腹を立てていたり、相手を愛していなかったり、にくんでいたりするようなことはめったにありません。だけど、そのような気持ちも、ほんの少しですがたしかにあります。・・・次のことは、とてもたいせつなことですから覚えていてくださいね。人を愛する気持ちは、愛情だけで成り立っているのではありません。そのなかには、いつも、怒りや、時には、にくしみまでもまじり合っているのです。これは、二人の人間が、結婚したいと思うほど深く愛し合っている時でもあてはまることです。・・・ふつう、親の子どもに対する愛情は夫婦の愛情よりも強いものです。ほとんとの親は、一生わが子を愛し続けます。・・・両親がたとえ相手をきらい、憎み合っているとしても、子どもがお父さんとお母さんの両方を愛することは、少しもわるいことではないということです。・・・悲しいことですが、わが子を愛さない親もときどきいます。でも幸いなことに、そのような親は多くありません。両親が離婚し、どちらかの親が子供を置き去りにしたとしても、子どもにはもうひとりの親が残っています。(5-12頁)

○離婚に対する感情を表わす

「恋人からさよならの手紙が届いたなら、思い切り泣きなさい。そうすればこころが張れるはず」この歌詞はとてもかしこいアドバイスをしていると思います。というのは、思い切り泣けば、気持ちが軽くなるからです。・・・感情を適度に表わすのはよいことです。でも、これは感情のすべてを時も場所も選ばずに外に出してよいということではありません。怒りを表わすことは、なやみを取り除くのに役立つし、問題をなくす助けとなるかもしれません。でも、むちゃくちゃにおこったり、大声をあげたりするのはいきすぎです。それでは何も得るところはありません。・・・悲しみについても同じです。泣きたいだけ泣くこと。それが一番です。そうすれば気持ちが軽くなります。でも、いつもみじめな気持でいたり、悲しみにくれて、学校の勉強や友達との遊びや家の手伝いなどができないほどだったら、悲しみすぎです。それでは、あなたの気持ちは軽くなるどころか、ますます苦しくなってしまうでしょう。(27-31頁)

○親のデート

お母さんの男友だちがとまる時、子どもがあまり腹を立てないためには、次のことも役立ちます。もっとわかち合うことを学べばいいのです。ほかの人とうまくやっていこうと思うなら、わかち合うことがたいせつです。・・・わたしがいままでお話ししてきたのは、特定のたいせつな男性だけをとめるお母さんのことです。けれどもなかには、その男性をよく知っているかどうかにかかわらず、家にとまるようにさそうお母さんもいます。・・・こんな場合、子どもが腹を立てるのはもっともだと思います。・・・もし、あなたのお母さんがそんな人なら、あなたがどんな気持ちでいるかをはっきりお母さんに言ってみてください。ぜひともね。・・・そうすることで、お母さんのおこないは改まるかもしれません。だけど、そうでないお母さんたちもいます。でも、少なくとも、あなたは自分にできるだけの努力をしたことになります。・・・お母さんの気持ちが変わらないとしたら、あなたにできることはもうほとんどありません。あなたにできることは、自分の好きなことをしたり、友だちと遊んだりすることにもっと時間をかけること。それだけでも、あなたの悲しみや怒りはずいぶんやわらぐはずです。また、ぜひとも覚えておいてほしいことは、大きくなるにつれて、あなたが家から離れてすごす時間もふえるということ。・・・やがて、あなたもおとなになり家を出ることができるでしょう。その時こそ、あなたはこのようなことに心をわずらわされずにくらせるようになるのです。(95-99頁)

○覚えておきたいたいせつなこと

・・・必要なのは、別れる前でもあとでも、よいこともあればわるいこともあったのだということをしっかりと思いだすことです。離婚前がすばらしかったわけでもなければ、離婚後もよいことばかりではなさそうです。どちらの場合も、よいこともあればわるいこともあるし、両親がわかれようとわかれまいと、あらゆる人にとって人生とはそういうものなのです。たいせつなのは、今のあなたにできることを心から楽しむこと、すぎてしまったことをあれこれ考えて時間をむだに使わないことです。ありもしなかったことなのに、あのころは本当によかったと考えるのはおやめなさい。また、たとえ本当にあったことでも、わるいことを思い出して、クヨクヨ考え時間をむだ使いするのもやめましょう。過去を変えることはできません。でも、未来をよりよくするために、今、何かをすることはできます。(103-105頁)

○未婚の母親

未婚のままで妊娠し子どもを産もうとする女性は、ふつう、勇かんで心がやさしい人だということをあなたにもわかってほしいものです。ざんねんながら、むかしもいまも、こういう女性はふしだらと考える人がいます。こんな人たちは、こういう女性を尊敬しようとしません。軽べつしたり、悪口を言うかもしれません。こんな女性は、だらしなくて罪深い人間だと考える人もいます。私はそうは思いません。・・・自分の体の中で赤ちゃんを成長させたいと願うこと、そして子どもを育てることは、世の中で最も美しいことのひとつです。これをはずかしいと思う必要などないとわたしは考えます。(148-153頁)

詳しく紹介しすぎて、著者や訳者や出版社から怒られるかしら!? まだまだあるが、是非、本を買って読んでみて欲しい。子どもへ向けてのメッセージだが、悩める大人にも十二分に役に立つ。すべての子どもたちが恵まれて幸福であって欲しいけれど、現実は必ずしもそんなに甘くない。タフな現実を背負って生きざるを得ない子どもたちのために、胸を痛めつつ、一人ひとりの子どもたちの力を信じて暖かく応援し続ける姿勢、私は、これが本当に好きなのだ。