今月のトピック by 村本邦子

2010年3月 「ナヌムの家」のこと

「ナヌムの家」へ行ってきた。ナヌムとは、ハングルで「分かち合い」という意味で、「慰安婦」被害の生存者たちが一緒に生活しているところである。1992年に開設され、現在はソウル郊外にある京幾道広州市にあり、ハルモニたちが暮らす高齢者居住福祉施設と仏堂(交流の場や宿泊所としても使われている)、そして、隣接する「日本軍『慰安婦』歴史館」(98年開館)から成る。常駐スタッフ、長期・短期滞在ボランティアのほか、毎日のように、たくさんの学習グループやボランティア・グループが集まってきて、国際交流の場ともなっている。

戦争加害・被害の問題を心理化して語ることには問題があると思うが、臨床心理学的な視点から見ると、一種の「コミュニティ型回復支援モデル」と言うことができる。必ずしも、人為的な治療プログラムのようなものがあるわけではないが、生活プロセスのなかに、人々との語らいや表現の積み重ねがある。

興味深いのは、ハルモニたちの絵だ。ナヌムができて間もない頃、ハルモニたちが学校教育をろくに受けられなかったために、実は読み書きができないことがわかり、ボランティアを募って識字教室を始めたが、同時に、画家のボランティアが絵画教室を始めたのだという。そのなかで、3名のハルモニたちが絵画での表現に没頭するようになり、たくさんの芸術作品が生まれた。それらは歴史館に展示されているのだが、どれも味わい深く胸を打つ表現となっている。

たとえば、金順徳ハルモニの作品には、のどかで平和な幼い頃の田園風景が多いが、それだけに、そこから引き離される瞬間を描いた「連れていかれる」という作品には、胸が締め付けられる。そして、「出会い」は、長い間、一人ぼっちで闇を抱えて生きていた時代から、「一人ではない」という希望の光がさした瞬間を描いたものなのだろうと感じられる。ここでも、アートセラピーが意図されているわけではないが、表現と共有、芸術作品としての超越が感じとれる。

また、「ピースロード」という年2回開催されている若者向けの平和教育プログラムのビデオも見せてもらったが、日韓の若者たちが一緒になって学び、議論し、生活を共にするなかで、ハルモニたちの話を聞いたり、一緒に歌ったり踊ったりして楽しむ様子があり、こうして、体を動かすことで、哀しみや怒りや恨みを停滞させず、外へ向けて発信するエネルギーに転換していくこともできるのだろうと思った。何より、若者たちが国や文化を越え、一緒になって、過酷な運命を生き延びてきてくれたハルモニたちに感謝や敬意を示し、未来の平和について真剣に考える姿を見ることは、希望を与えることに違いない。

このように、ハルモニたちの生活を中核にしながら、同心円的に社会、そして世界へと広がりを持ち、政治的な力をも発揮するというユニークなモデルだけに、困難や矛盾も抱えているに違いない。それでも、価値あるチャレンジだと思う。高齢化したハルモニたちに残された時間は少なくなっていく。早く彼女たちの願いが聞き届けられることを。