今月のトピック by 村本邦子

2010年2月 男たちの化粧

今年もおもしろい修士論文がたくさんできた。チアリーダーやキャバクラなど、ジェンダーを考えさせられるものが複数あったが、そのなかから、今月は、男の化粧について紹介したい。

最近、身体や顔への手入れを日常的に行う男性が増え、男性のジェンダー役割が曖昧になり女性化してきていると考えられているらしいが、この学生は、むしろ、男の化粧行動の中核に「男らしさ」へのこだわりがあるのだという結果を出した。男たちは、「経験を積んだ一人前の男性と見られたい」「周りに振り回されない真の強さと頼もしさを持った男性に見られたい」など、「男性として好感を得られる」理想イメージを持ち、それに従った化粧行動を取る。とは言え、「男は見た目が大切」という考えと、「男は中身で勝負」という考えが共存しているため、内心、外見を気にしながらも、気にしていないそぶりをとる。

目指すのは、あくまで「周囲を不快にさせない清潔感とナチュラル感」。髪、眉、髭の手入れはOKであるが、やりすぎは嫌悪される。外見を気にしすぎる男は、「女々しく、オカマっぽく、気持ち悪い」と考えられ、男同士の関係から排除される怖れがある。たとえば、毛むくじゃらが気になる箇所の無駄毛処理は、完全にそり落としてしまわず、毛抜き、隙カミソリ、隙鋏などで毛の量を減らすに留める。ただし、外見を気にしていることを知られることは不名誉なことであるため、男同士での情報交換は避けられ、友達の家に行った時にこっそり使っているものをチェックしたり、家族や彼女などからさりげなく情報を入手したりする。

結局のところ、男たちが目指している理想イメージは、女の視線を意識したものである。彼女は、男の化粧に関する女の意識も調査しているのだが、どうやら、女たちは、実に身勝手に「男に許容できる化粧」と「許容できない化粧」を区別している。許容できるのは、ヘアーワックス、髭の手入れ、眉毛の手入れ、毛染めなど、毛に関するもの。化粧水、リップなど、身だしなみや肌の健康維持のために行うものも許される。許容できないのは、パック、エステ、美容液、色を使ったメーキャップやファンデーション。美を追求するのは良くないらしい。とくに、この傾向は身近な男性に適用され、自分と関係のない男性が化粧するのはいいが、父親、男兄弟、恋人だと抵抗が強くなる。

その理由として、「そこまで見た目を気にしてほしくない」「気持ち悪い」「外見ではなく、他のことに力を注ぐべき」など、まったく男性のなかにある制限と同じものが挙げられるが、その他に特記すべきものとして、「化粧する男性は女性の外見にも煩そう」「自分が化粧していないだけに、何か言われそうで嫌」などというものがある。美を装う化粧は女性の領域に属するものと捉え、その領域に男性が入り込んでくることを拒否しており、この研究をした学生は、これは女性による美の独占であると考える。女たちは、男に化粧のことをとやかく言われたくないが、男にはとやかく言いたいようだ。実に身勝手な話だ。かく言う私も、身近な男たちが、美を追求した化粧を始めたら、内心、困惑することだろう。おしゃれな男性は好きだが、スカートをはかれると嫌かもしれない。まっ、口出しはしないよう我慢すると思うけど。

男たちも大変だ。装うことに関して、男たちはより不自由な状態に置かれており、自由を阻止しているのは、合わせ鏡のように男女が互いに支え合っているジェンダー意識なのだろう。たしか、文化人類学的に見ても、男性が化粧する文化はあるが、それは、男性性の強調のために用いられる。男女は完全に二分割できるものでなく、むしろ白からグレーのスペクトラムなのだと頭ではわかっていても、これを超える文化を創り出していくのは、なかなか難しそうだ。