今月のトピック by 村本邦子

2009年1月 子どもの巣立ちと母親のアイデンティティ変容

子どもの巣立ちについての原稿を頼まれ、ちょうど、自分自身のテーマでもあるからと、力を入れて書いた。巣立ち期の子どもを持つ方々にインタビューをお願いしたところ、5名も応募してくれたので、11月、12月にインタビュー。今回は、きちんとテープ起こしし、データ化して、年末、1週間まるまるかけて分析。お正月に、分析結果を整理し、ようやく原稿にした。

「空の巣症候群」という言葉があるが、これは、臨床の場からできたもので、実際には、必ずしも、母親たちが、子どもを手放した後、がっくりと落ち込んでしまうというわけではないらしい。むしろ、巣立ち後の母親の方が、幸福観や生活満足度、身体的健康などが高いという報告がある。その分かれ道は何なのか、ポイントがわかれば・・・と思った。

先行研究では、母親が子の巣立ちを習慣的に認識することで、そのアイデンティティが発達に向かうことが確認されていた。しかし、子の巣立ちを認めていても、密着・献身的な態度を持つ場合はアイデンティティ混乱を起こし、母親として積極・肯定的な態度を強く持つことが重要であった。別の研究では、子育て中に重篤な問題を抱えた者は、問題を乗り越えるなかで母子分離の作業を行い、すでに母子分離が進んでいるため、子の巣立ちをうまく迎えることができるのに対し、子育てに問題を感じなかった者は、巣立ちが大きな危機となる可能性が高いことが示唆されていた。

今回の研究でわかったことは、子どもを産んだ途端、いきなり母親になれるわけではなく、子どもの世話を通じて、だんだん母親になっていくのと同様、子どもの巣立ちも、徐々に進行していくプロセスだということである。母親になる前の人生経験や信念をもとに、母親は子どもとの関係を築いていくが、子の巣立ちは、実は、この世に産み落とした瞬間から始まっていて、近づいたり、離れたりを繰り返しながら、関係が模索されていく。それに伴い、子は母親との同一化と分離個体化を繰り返し経験していくのであるが、母親もまた、同一化と分離個体化を繰り返しながら、個としての自分、関係性のなかの自分というアイデンティティを成長させていく。

ポイントは、子が分離個体化を示そうとするとき、つまりは、親を頼らず自分でやると主張したり、親を批判したり、反抗的になったり、問題を起こしたり、親と距離を取るようになったとき、何かが変わろうとしていることに気づき、受け入れ、それに合わせて、親の側も何かを変えていこうと努力する必要があるということだ。それは、手出し、口出しをやめることかもしれないし、思い込みを捨て、もう少し子どもの言い分に耳を傾けることかもしれない。つねに変わっていく子どもとの関係に自分を合わせていくことと言えばよいだろうか。難しいことであるけれど、その努力の繰り返しのなかで、親も大人としてさらに成長していくことができるのである。子の成長とともに、親子は出会い直していく。幸いなことに、鳥と違って、人の子は巣立った後も戻ってくるし、関係の質を変えながら、親子関係はずっと続く。

今回、聴かせて頂いた5名の母親と、巣立っていこうとしているそれぞれの子どもたちの物語は感動的だった。問題の渦中では、苦しみや失望やあきらめや悲しみに圧倒されることもあったに違いないけれど、それぞれのやり方で、困難を乗り越え、絆を結びなおしていた。いろいろあるけど、人生って素敵だなと勇気づけられるものばかりだった。一番嬉しかったことは、インタビュー協力者たちに原稿を確認してもらった時、とても喜んでもらえたこと。協力とは言え、当人にマイナスになるようなことは絶対にしたくないが、少しでもプラスがあったとしたら、こんなに嬉しいことはない。

この原稿は、9月頃、岡本祐子さんの編集で、ナカニニシヤから、『生人発達臨床心理学〜個と関係性からライフサイクルを観る』の一章として出版される予定。関心がある方はぜひご一読ください。