今月のトピック by 村本邦子

2009年12月 愛着からソーシャル・ネットワークへ

毎年、この時期になると、学生たちの修論指導も山場となる。「他領域の連携と融合」を謳っているだけあって、うちの院生のバックグランドは広いので、指導のために自分自身が新たに勉強しなければならないことが多い。お陰でさまざまな出会いがあるが、『愛着からソーシャル・ネットワークへ〜発達心理学の新展開』(マイケル・ルイス/高橋佳子編、新曜社)がなかなかおもしろかった。

この本は、要するに、三歳児神話の元にもなったボウルビィの愛着理論に対して、新生児は多数のネットワークからなる社会に生まれ、その中で発達し社会化されるというソーシャル・ネットワーク理論を提示するものだ。母子関係は、その後のすべての人間関係の発達についての必要十分条件ではなく、母-子ども関係と子ども-子ども関係は互いに独立し並行して存在するシステムである。もちろん、父親、きょうだい、祖父母、親戚、それ以外の大人などもすべて、子どものネットワークの中の人々ということになる。

この考え方は、とても納得が行くし、自分自身のこれまでの実践にも近い。決して母子関係の重要性を否定するものではないが、それを相対化することで、同時に、それ以外のさまざまな可能性を拡げてくれる考え方である。自我形成は必ずしも漸成的なもののでなく、連続することもあれば不連続にもあり得る。人は生涯にわたり複数の重要な対象を同時に持ち、その中には家族以外の親しい者も含まれる。たとえば、母子関係に恵まれなくても、多様なネットワークに生きることができれば、しっかりと育つことができるし、人生初期の愛着が不確かでも、途中で巻き返し可能ということになる。

この理論を展開することによって、複数のエゴ・ステイト(自我状態)や解離についても説明することができるような気がする。実践をすればするほど、自我形成は文化や社会のありようによってまったく異なるのだということを痛感させられる。つまり、私たちが考えている母子関係や自我のあり方は多分に私たちの時代を反映したものだということだ。

興味深いことに、子どもと安定した関係を持つ母親は、子どもに仲間との相互交渉の機会を提供する傾向があるという。逆に、母親の不安が高いと、あるいは社会の不安が高いと、子どものソーシャル・ネットワークは非常に限定され頑ななものとなる。現代日本の子育てとそこで成長する子どもたちの問題を考えるとき、この視点を組み込むことで乗り越えていけるような気がする。

「わたし」という概念が広く多様でかつゆったりと統合されたものである時、人は、より自由に、のびのびと生きることができるようになるだろう。そのように「わたし」を拡大していくには、良質のソーシャル・ネットワークを持つことである。子ども時代には、偶然性に左右される条件が多くなるが、大人になると、選択の可能性はずっと大きくなる。大人になってからさえ、自我を発達させることができる。願わくば、早々と自己を限定してしまうことなく、大きく豊かに成長していきたいものだ。