今月のトピック by 村本邦子

2009年10月 南京セミナーを終えて
〜戦争によるトラウマの世代間連鎖と和解修復の可能性をさぐる

10月7日から10日までの4日間、2年がかりで準備してきた南京セミナーを無事に終えることができた。元はと言えば、2年前、南京事件70周年を記念する国際カンファレンスに出席し、そこで中国の人たちと交流するなかで、中国の学生たちから「日本の学生たちと交流したい、是非、学生たちを連れてきて」と強く訴えられ、何としてでもその思いに応えたいと思ってのことだった。私自身にとっても、南京の地を訪れ、自分たちの国が犯した罪に直面し、中国の人々と交流した体験は、とても貴重なものだった。日本人としてのアイテンディディを初めて自覚し、自分を大きな歴史の中に位置づけ根付かせた時でもあった(2007年11月南京を思い起こす http://www.flcflc.com/muramoto/07/11.html)。

日本の若者たちにとっても、きっと良い体験になるだろうと考えたが、ひとつだけ問題があった。2年前、そこで想像を絶する残虐な歴史と直面することによって、日本人参加者のほとんどが、あまりの衝撃に高熱、吐き気、体の痛みなど身体症状を出したことだった。今回は、アメリカからアルマンド・ボルカス氏を招き、氏の開発したHWH(歴史の傷を癒す)のプログラムを試行することにした。これまでも、京都やサンフランシスコで試してきたが、とても有効な方法だった。深刻な歴史の傷に直面し、それを表現し分かち合うことができれば、歴史の傷を変容させていけるというものだ。これまでも何度か紹介してきたが、アルマンドはホロコースト・サバイバーの二世であり、ホロコーストの加害・被害関係にある二世代、三世代の共同ワークショップを実践してきた人だ(2009年3月Healing the Wounds of History http://www.flcflc.com/muramoto/09/03.html)。プログラムの前夜、アルマンドは「私たちは歴史の傷によって二次受傷を受けるためにここに来たのではありません。それを癒すために来たのです」と言った。

1日目、今回のセミナーの背景になっている理論や自己紹介を終え、グループで南京虐殺記念館を訪れた。各々、自分のペースで記念館を回った後、芝生の広場に集まり、アートワークを行った。好きな色画用紙にクレヨンで思い思いに色を塗るというものだが、秋晴れの美しい気持ちの良い広場で色を塗っていると、中国の人たちが興味を持って覗き込んでくる。なかには、自分たちも参加したいと一緒に絵を描き始める子どもたちも出てきた。子どもたちも含め、それぞれの絵を見ながらシェアリングを行った。記念館を巡っている時には、日本人グループが来ていることを中国人たちはどのような思いで見ているのだろうと不安もあったが、オープンスペースでアートワークを行うことで、暖かいつながりを感じることができた。

2日目は、室内でHWHのワークを行った。「戦争のことを最初に考えるようになったきっかけ」を分かち合い、ドラマセラピーの手法を用いて、それらのプロセスを行った。3日目、幸存者の話を聴いて交流し、人間彫刻のパフォーマンスを行った。4日目は燕子磯での追悼儀式、そしてプログラムのまとめとして、粘土を使ったアートワークと振り返りを行った。追悼儀式はコミュニティワークのひとつでもあり、中国の老人や子どもたちとの触れ合いもあった。参加者たちは、心を開いたり閉じたり、近づいたり遠ざかったりしながらも、グループとしての信頼感や凝集性を高めていったと思う。

帰ってから一週間、参加者の宿題となっていたレポートが続々と届きつつある。セミナー記録と参加者のレポートの整理と編集、日中英三ヶ国語への翻訳など、まだたくさんの仕事が残っているが、今、深い満足感に包まれている。日中グループが一緒になって怒り、哀しみ、怯え、笑うことを通じて、私たちは、戦争によるトラウマの世代間連鎖と和解修復の可能性を探る旅の大きな第一歩を踏み出したと思う。すばらしい通訳をしてくださった中国の先生が、これまで日本の友人たちと長い信頼関係を築いてきたけれど、互いに戦争については触れないようにしてきた、今回、そのことをストレートに分かち合ったことで、たった4日間だったのにこれまで経験したことのない深い絆を感じると言ってくださった。アルマンドの経験では、ここからまだまだ歩みは続く。道案内がいることは本当に心強く、ありがたい。背景にあるより広い世界にも目を向けながら、これからも一歩一歩しっかりと歩んでいきたい。