今月のトピック by 村本邦子

2008年1月 中国のシンドラー、ジョン・ラーベ

 昨年末、アイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』(同時代社)が翻訳出版された。1997年、アメリカで出版されるや否やベストセラーになり、日本でも翻訳され店頭に並ぶはずだったが、寸前のところで出版停止になった幻の名著である。原著は持っていたし、パラパラと見てはいたが、じっくりと読まないままだった。今回、訳書を読んで、いろいろな点で興味深かった。アイリスは中国系アメリカ人だが、この事件を、「羅生門的視点」から描き出そうとしたという。つまり、日本人の視点、中国人の視点、第三者としての欧米人の視点だ。日本人によって描かれたのとはまた一味違って新鮮である。

 なかでも、南京安全区国際委員会のことが詳しく知れたのは良かった。この安全区については、断片的には日本の本で知っていたし、南京で写真や胸像を見て、具体的イメージもあったが、彼・彼女らの物語を知ったのは初めてだった。南京安全区国際委員会とは、日本兵の侵略から逃れた南京市民たちを保護するために自発的に中立地帯を設置した20人あまりの欧米人たちのことである。彼らは、南京から退去するようにという警告を断り、1人でも多くの中国人を助けようと命懸けで戦い、日本軍の暴虐を記録し、世界に訴えた。

 その代表を務めていたのが、ドイツのビジネスマンであり、南京のナチ党指導者であったジョン・ラーベという男である。アイリスは、ラーベを「中国のシンドラー」だったと言う。彼は、20代で中国に移り、ジーメンス社のビジネスマンをしていたが、南京のドイツ人社会の重鎮となり、ドイツ人学校の運営をするようになった。やがてナチズムの忠実な支持者になるが(彼は、ナチ党を社会主義組織と見ており、ドイツにおけるユダヤ人や他の少数グループへの迫害を支持しなかった)、中国人の部下たちの安全への責任感から南京に残ることを決めた。アイリスは、ラーベのほか、ロバート・ウィルソン、ミニー・ヴォーリントンという3人の人生を調べて描いている。彼らの活躍ぶりについては是非、本で読んで欲しい。

 南京のことを調べていると、日本兵のなかにもごく少数ながら良心ある行為を示す者があったことを知る。ホロコーストのなかでも、ごく少数の良心ある行為を示したナチ党員がいたことが証言されている。方向を誤った大きな潮流の中でも流されず、個として賢明な行動をとることのできる力は、いったい何に裏付けられているのだろうか?いつも思うが、絶対的な悪人と絶対的な聖人というのは、いるかもしれないが、圧倒的多数は、流れによって悪人になったり聖人になったりするのではないだろうか。絶対的な聖人は、どんな状況下でも、善い行いを成すのだろうが、多くの人は、ちょっとした偶然の積み重ねによって方向づけられ、善くも悪くもなる可能性があるのではないか。

限界状況のなかで、自分は、いったいどう振舞うのか? まったく自信がないが、願わくば最後の瞬間まで人間らしさを捨てたくない。そのために、日常、どのような心がけをしたら良いのか?私にとっては、仕事を通じて、人間の光と闇を知ること、これは助けになると思う。今回、南京に行って、もうひとつわかったことがある。加害者の子孫として、存分に恥じ、悲しみ、怒り、悔いること。自分のために生きる人間は脆い。愛する者を守ろうとする力は強い。だからこそ、多くの兵士たちは、家族や祖国を守るために命を投げ打つのだ。ただし、ここで間違ってはいけない大事なことは、良心に恥じないよう生きることこそが愛する者を守ることになるのだと理解することである。限界状況で野獣と化すことが、愛する者をどこどこまでも傷つけることになるのだと理解するためには、文化的な成熟が求められるのだと思う。これは、私たちが身をもって学ぶしかない。限界状況で、自分のために正気を保つことは難しいが、愛する者のことを思い浮かべることさえできれば、正気を保つことは可能かもしれないと思えるのだ。

安全区に残った数少ない女性の1人であるミニーは、アメリカ帰国後、鬱を病み、自死している。アイリスもどのような事情からか、4冊目の著作に取り組んでいる最中に、乳児を残して、自死したと聞いた。どう考えてもやりきれない。闇の大きさに圧倒されるばかりだ。それでもなお、光を探し続けたいものだ。

なお、『ザ・レイプ・オブ・南京』は、歴史学的な過ちが含まれていることのみ大きく取り上げられ、批判されてきたが、今回、訳書と同時に、過ちの部分への解説書が同時に発売されたことを付け加えておきたい。