今月のトピック by 村本邦子

2008年9月 ドイツと日本〜過去との向き合い方

 今年は3月、9月とドイツを2度訪れた。ドイツに行ってみてわかることは、加害行為が国内のあちこちで行われていたということ。強制収容所だった施設が、ドイツ国内にたくさんあり、今では、被害に遭った人たちのことを忘れず、過去から学ぶための記念館、博物館となっている。ナチと関わりのある施設、たとえば、絶滅計画を決定したヴァンゼー会議場、ニュルンベルグ裁判が行われた法廷、ナチの党大会会場などが資料センターとなり、街のあちこちに追悼記念碑を見つけることができる。過去を葬ってしまわずに、残しておこうという意欲あってこそだが、それだけ、人々の身近なところで加害が行われていたということでもある。その具体的内容が、当時、どの程度まで知られていたかは別にしても、後世の人々も、この国のなかで公然と怖しい犯罪が行われていたことを思い知らされ、過去を否認することなど不可能である。

 日本でも、強制労働はじめ、国内で加害行為が行われていたものの、いわゆる「従軍慰安婦」にしても、南京虐殺にしても、加害の大半は国外で行われていた。ほとんどの兵士たちは、加害を目撃していただろうが、帰還して口をつぐんでしまえば、圧倒的多数の人々にとって、過去の加害行為は努力しなければ知りようのないことになった。国外へ一歩踏み出せば(正確に言えば、沖縄でもよい)、日本軍の戦争加害の痕跡とあちこちで出会うし、知ろうとする姿勢と努力さえあれば、国内でも帰還兵の証言や手記などを通じて知るチャンスはある。それでも、努力せずに見えてくるものは、広島、長崎など被害の側面だろう。実際のところ、沖縄を除く本土の民間人の死者は、ほぼすべて空襲によるものである。

 たまたま3月に通訳をしてくれた法学を専門とする大学院生の女性のお母さんが、日独比較をしており、ホロコーストと南京虐殺を取り上げたシンポジウムをやったことがあると聞き、今回、ハレ大学に訪問した。Foljanty-Jost教授である。東大とハレ大学で、共同大学院を開講しており、毎年、日独の学生たちが共同で歴史との向き合い方の比較研究をしているということ。初めて知ったが、興味深い試みだ(私も学生になりたいくらい)。助手をしているティノ・シェルツさんという男性の院生が、「過去との断絶と連続〜1945年以降のドイツと日本における過去との取り組み」(『ヨーロッパ研究第6号』、2007)という論文をくれた。さっそく読んでみたが(幸い日本語で書かれたものである)、とても面白かった。

 要するに、ドイツは過去に区切りをつけ、新しい出発をし、日本は過去と連続したまま今に至るが、どちらも過去を歪める阻害要因を抱えているのだという。ドイツの場合、「われわれ」を世代として自己規定し、後に生まれたものとして距離をとることによって、ナショナルな帰属からも、過去の拘束からも解放されてアイデンティティを構築することができる。つまり、過去と自分たちは別なものとして切り離してしまうということになる。これに対して、日本は、過去と現在は連続しており、訴追を受ける恐れがなかったゆえに、1970年代以降の自分史運動のなかで一般兵士の回想録が出され、戦争や自らの犯罪についての言及が見られ、戦争犯罪の残虐性についてもリアルに記述することができたのだという。

 必ずしもドイツを理想化することはできない、ドイツも日本もそれぞれに独自の問題を抱えているということで日本の課題を相対化してしまう気持ちにはとてもなれないが(日本の連続性は、統合に向けたものとはほど遠く、混沌としており、容易に嘘で覆いかぶせてしまえるほど脆いものだ)、それでも、戦前までの歴史の違いや戦後の外交条件の違いなどは大きく、単純に比較できないことはよくわかった。今後、ドイツと日本はどのような方向で過去と向き合っていくのだろうか。

 ホロコースト教育の先進的な研究所であるフランクフルト大学フリッツ・バウアー研究所も訪ねたが、最近になって、第二世代、第三世代が個人のルーツを知ろうとする動きが見られるという。研究所では、ネットを通じて、自分の祖父たちが具体的に何をしたのか調べることを可能にするためのサービス提供を準備しており、さらに、そういった人たちのセルフヘルプグループの支援なども考えているそうである。ドイツにおいては、世代の断絶を乗り越えようとする新しい試みがすでに始まっていると言えるのかもしれない。さて、日本社会の行方は?