今月のトピック by 村本邦子

2008年8月 ドラマセラピー

 毎年恒例、芸術研究所主催夏の保育士研修では、いつも、ロールプレイをやる。一日目は「気になる子ども」、二日目は「困った親」への対応場面だ。ロールプレイの経験はまったく初めてという人がほとんどなので、やることの説明をすると、皆、一瞬、ギョッとした顔をする。でも、実際にやってみると、さすがは保育士さんたち。驚くほどうまい。

 何もしないのにいきなり噛み付く二歳児や、みんながお片づけしているのに一人だけ嫌がって逃げ回る子、「せっかくでんぐり返ししたのに、お母さんがお化粧に一生懸命で、見てくれなかったから、朝、大泣きしてやったんだ!」と言う子、お弁当の時間、座りたかった椅子に座れずすねてしまったから、お友達が気をきかせて譲ってくれたのに、なぜか怒り出してしまった子・・・。現場からユニークな子どもたちの姿が浮かび上がってくる。園で子どもが蚊にさされたと苦情を言ってくる母親、子どもの問題を受け入れられない母親、再婚相手の虐待を認めない母親・・・など、保護者の姿もさまざまだ。

 対応に困る親子の姿は、話だけを聞いていると、ますます困ってしまう感じがするが、「とりあえず、やってみましょう」と役を決め、演じてみると、「な〜るほど。そんな気持ちだったのか〜」と納得がいく。同じケースに、バージョンを変えた対応をしてみると、返す言葉で、こんなにも気持ちの動きが違ってきて、展開が変わるのだと、あらためて驚かされる。私自身が、毎回、勉強させてもらっている感じだ。それに、仮に、講師が同じ答えを言ったとしても、おそらく、実際に自分たちで体験して出した答えとは、参加者の納得度合いは違うことだろう。

うちの研究所では、時々、スーパーバイザーとして、家族療法家の早樫一男先生をお招きし、「家族造形人間彫刻」という手法を使った研修をやっている。こちらは演技をするわけではないが、一人ひとりが粘土の塊になって、彫像として作られ、体を通じて、家族の力動を感じてみるというものだ。説明だけではわかりにくいと思うが、実際にやってみると、ロールプレイと似たような体験となる。ロールプレイのいったん停止型とでも言おうか。どちらかと言えば、体で感じるものの重きが大きい。このような技法を使うと、頭だけで想像していることをはるかに超え、皆にいろんなことがわかってしまうから不思議だ。

 先日は、私自身が、アルマンド・ボルカスさんによるドラマセラピー「過去を共有し、未来を築くワークショップ〜アジアの戦後世代が継承する戦争体験」を経験した。ドラマの力を感じる感動的な体験だった。演じるということは、イメージを超え、こころとからだ、そして魂のレベルで感じることなのだろう。ウォームアップのワークもとても楽しく、グループに心を開くうえで効果的だったと思う。以前、少し自分でもやっていたことはあったのだけど、すっかり忘れていたな、この感じ。ドラマの力はすごい(エッセイ2008年7月の方も見てね)。

 人間には本来、すばらしい共感能力が備わっているのだと思う。ドラマという設定が、その力を引き出すのだろう。頭だけ、心だけ、体だけでなく、まるごと全存在を使って感じてこそ開かれる世界がある。来年は、是非、ドラマセラピーを学んでみたいと思っている。ポール・コナートンという社会学者は、集合的記憶は、文字よりも身体経験や儀式を通じて伝達されると言っている。ドラマセラピーは、戦争などの集合的トラウマを扱うもっとも優れた手法なのではないだろうか。できれば、アルマンド・ボルカスさんのところに学びに行くチャンスを作りたいなと、秘かにもくろんでいる。