今月のトピック by 村本邦子

2008年3月 ラーヘンスブリュック〜女性と子どもの強制収容所

 今月は、縁あって、ドイツ視察の機会を得、日頃より関心をよせてきたホロコースト関連記念館をいくつも訪ねて歩いた。ベルリン市内にあるユダヤ博物館やユダヤ人虐殺記念館の斬新さにも驚かされたが(これらについても、ぜひ、どこかで紹介したい)、なかでも、唯一女性と子どもを対象とした強制収容所だったラーヘンスブリュックは、とくに印象深かった。

 ラーヘンスブリュック強制収容所は、ベルリンから北に80キロほど離れたあたかも避暑地かと見える湖を抱えた美しい街にあった。1938年、ザクセンハウゼン強制収容所から500名の囚人が動員され、建設されたのだという。ここは、女性解放運動家、女性の社会主義者、共産主義者、同性愛者、キリスト教者などの収容所だった。1939年5月最初に輸送されてきた囚人867人のうち、860人はドイツ人だった。こんなに多くのドイツ人女性たちが、ナチに抵抗して、強制収容所に入れられたという事実は初耳だった。まもなくポーランド侵略を開始し、第二次世界大戦が始まると、ヨーロッパ全土から女性囚人たちが集められ、1945年ソ連軍によって解放されるまでに、記録として残っているだけで13万3000人がこの門をくぐり、うち約9万2000人が飢餓、強制労働、チフスはじめさまざまな病気、拷問、ガス室送りなどで殺されたという(『母と子のナチ強制収容所〜回想ラーヘンスブリュック』ショルロッテ・ミラー著、星乃治彦訳、青木書店)。ムチ打ちの刑、射殺のほか、人体実験、不妊手術も行われた。

 館内には、ラーヘンスブリュックの歴史とともに、「ラーヘンスブリュックの女たち」の展示があり、さまざまな背景で逮捕されここに収容された27名の女性の写真や経歴が紹介されていた。いろいろな女性たちがいるが、どの女性たちも、みな美しいことに驚いた。収容所に入れられる前の写真なのだが、よく見て、よく考えてみたが、その美しさの中にあるのは、まっすぐな眼なのだと気づいた。それは、彼女たちの信念や意志の強さの現われなのだと考えると合点がいく。同様に、別途、ここのサバイバーの女性たちの肖像を描くという企画が何年か前にあったようで、いくらか展示してあったが、そこに描かれている女性たちも、みなそれぞれに個性的で素敵だった。今やすっかり高齢となった女性たちではあるが、信念を貫いて生き延びた女性たちの気高さが見て取れるし、人生の酸いも甘いも味わいつくし、壮絶な人生を生き抜いてきた深みや知恵が伝わってくるようだった。同時に、サバイバーたちの肖像画を描くというのはいいアイディアだなと思った。絵を通じて、描き手のサバイバーへの敬意や愛情や示され、見るものにも影響を与えるのだ。

 他方、別棟には、SSの手下となってラーヘンスブリュックの看守側に回った(つまり拷問する側だ)女性たちに関する展示があった。強制収容された女性たちの写真とまったく対照的だった。眼が死んでいるというのか、よどんでいて、エンパワーの反対というか、主体的な力を奪われてしまった悲しく無力で受動的な存在のように感じられた(もちろん、展示の意図もあるのかもしれないとも思うが)。実際のところ、ラーフンスブリュックでは、苦境において女性たちが互いに助け合っていたという証言がたくさん残されている。十分に調べていないので明言はできないが、もしかすると、強制収容所のサバイバーたちが多くの手記を残しているのがここなのではないだろうか。ナチに抵抗し、さまざまな背景から、信念を持ってここに収容された女性たちが助け合ったということは十分に納得のいく話だ。

 もうひとつ素晴らしいなと思ったこと。数ある強制収容所のなかでも、ここは子どもたちの学校教育の実践の場として頻繁に使われているということ。多くの強制収容所は刺激が強すぎて小学生は行かないようだが、ここに来るというのはなぜ?と疑問を持って行ったのだが、展示を見て納得した。抵抗に焦点を当てた展示となっているので、人間に希望が持てるのだ。そして、ドイツの子どもたちが、このように信念を持って自分の生き方を貫いた素晴らしい女性たちのモデルをたくさん知るということは、とても良いことだと思う。多くの場合、英雄はいつも男と決まっているから。

 この女性たちの存在を是非、日本の女性や子どもたちにも伝えたいという情熱がムクムク沸いてきて、見学を終えてから本を探した。あいにく27人の女性について書かれた冊子はドイツ語しかない。それでも、二十数年ぶりのドイツ語、頑張って読むぞ!と決意するに十分すぎる感動だった。

 どの収容所記念館に行っても、ドイツ人たちが、殺された人々の歴史の掘り起こしに多大なエネルギーを注いできたことがよくわかる。ナチの究極の目的は、彼らの存在を無にすることにあったわけだから、無にしないという決意こそが、絶対主義への抵抗になり得る。体制に抵抗した人々の存在をきちんと評価し伝えるということの意味は大きい。振り返って我が国を考えてみると、抵抗者の存在は無にされているよな・・・という気がする。ドイツで感じて考えたこと、少しずつ整理して紹介していきたい。