今月のトピック by 村本邦子

2007年3月 場面緘黙

 先日、古い友人が訪ねてきた。最近、「場面緘黙(バメンカンモク)」のことを一生懸命やっているという。場面緘黙とは、幼稚園や学校など、特定の場面で話せない子どもの症状だ。昔から事例報告などによく見かけたし、間接的には聞くこともあって、知らないわけではなかったが、直接的に関わることはなかった。それほど多くはないのだろうと思っていたが、出現率は1%弱、0.7%程度と言われているとのこと。1000人の小学校に7人いるということになるから、決して少なくない。

 にも関わらず、それほど話題に上ってこないのは、ADHD等と違って、放っておいても周囲には問題が発生しないためだろう。なにしろ、緘黙の子たちは大人しい。声を上げなければ、無視されるわけだ。本人が困っても、周囲に困ることはない。

 原因はよくわからず、社会恐怖症の診断基準に当てはまるようだ。よって、話すように求められたり、強制されたりすることは、症状を悪化させる。話すことを求めるより、その場に安心していれるようにしてあげる配慮が求められる。治療法としては、薬物療法、行動療法、認知行動療法が主のようである。適切な対応がないと、二次被害があったり、大人になっても症状が残り、生きずらさを抱える場合もあるようだ。

 場面緘黙症Journal (SMJ)というホームページに詳しい情報が満載されている。ファイルを打ち出して、幼稚園や学校の先生たちに配布して理解を求めることのできる資料や、ブログ、掲示板もあるので、関心のある方は、こちらを参照のこと。http://smjournal.sakura.ne.jp/kanmoku_kiso.html

 考えてみると、うちの娘も、小さい頃は、社会的場面での緊張が高かった。娘などは、家での振る舞いと外での振る舞いがあまりに違いすぎて(おしゃべりも少ないし、身体の動きも少ない)、驚いたことがある。あれでは疲れてしまうだろうという感じで、よくお腹が痛くなったものだ。小学校の学年が上がるにつれて、少しずつ変化し、中学生くらいになって、ようやく外でも自由に振る舞えるようになった。高校生になった今はのびのびしている。

 自分自身を思い出しても、幼稚園時代はとってもシャイだった。当時の友人たちに言わせると、あの頃からしっかりした利発な子だったということになっているけれど、これは、自己イメージと大きくギャップがある。公園で子犬と遊んでいて、男の子たちにからかわれて言い返せず、悲しくて泣いていた記憶が浮かぶ。社会的場面というか、周囲の状況が見えすぎてしまうという負担があったような気がする。

 息子は、3歳の時、LDと言われたこともあるが、ADHD系。ランドセルを忘れて学校に行く、好きなことに没頭していたら他のことは何も眼に入らない、自分がしようと思わないことをさせるのは至難のわざ、数々の忘れ物と落とし物。親の眼にはかわいくて笑えるけど、小学校時代は、先生との関係でヤキモキするようなこともなかったわけではない。時々、吃音もあったし。これは、本人が気にするようになったら、伊藤伸二さんが主催する竹内敏晴さんの親子サマーキャンプに行こうと勝手に楽しみにしていたけど、そのチャンスはなかった。その息子も、今や、すっかり好青年だ。

 自分自身のことを考えても、子どもたちのことを考えても、子ども時代って、かなりバランスの悪い偏った存在なんだと思う。それが個性とも言えるんだろうけど、それぞれがそれぞれなりの偏りを抱えて生き抜く中で、だんだんと世の中に揉まれて丸くなっていく。自分でもおかしいけど、私って、本当に何でも自分でやってみて自分で確かめなければ納得できないタチだった。そっちに行ったら絶対こけて頭をうつとわかっていても、人から事前に言われるのは絶対に嫌。人に口出しされるより、自分でこけて、やり直す方を好んだ。今は少し丸くなって、ようやく、事前にわかっていることなら、助言をもらって賢明な選択をする方が良いと思えるようになった。そんな自分の頑なさは、おかしくもあり、愛おしくもあり。

 そんな子どもの偏りに名前がついたりつかなかったり、世の注目を浴びたり、無視されたり。いずれにしても、生きにくい時代だ。特別、理解がなくても、当たり前のように受容される懐の深い社会でなくなった今だからこそ、きちんとした理解を構築していく必要があるのだろう。

 いろんな意味で、過去の自分と出会う。遠方より友来る、また楽しからずや・・・であった。