今月のトピックス by 村本邦子

2006年8月 魔女ランダのこと

 この夏、バリ・ヒンドゥーの僧侶であり、ランダの舞い手としての資格を持つ川手鷹彦さんとご一緒させてもらい、バンリというバリの小さな村で一週間を過ごした。短い期間ではあるが、バリ文化の中に入るべく、観光も潜りも一切せず、村で静かな時を過ごした。最終目的は、近くの村のお祭りで行われるランダだったが、私自身、朝夕、バリ舞踏のレッスンを受け、チャロナランの一部に出演させてもらった。

チャロナランとは、現在は観光客向けにバロン劇として公開されているものの元となった秘儀性の高い儀式で、各村にある死を司る寺院プラム・ダラムで行われる。オダランの儀式の一環として奉納されるものなので、観光客が見る機会は少ないと聞く。一般的な流れはあるものの、村々によってそれぞれの形式と物語があり、2つとして同じものはないと言うが、インドネシア語もバリ語もわからないので、今回、演じられたのが、どんなバージョンのものだったのかはよくわからない。今から思えば、ちゃんと聞いておくべきだったが、体験に気をとられすぎるあまり、知的関心は乏しくなっていたのかもしれない(都合良く解釈すれば、これこそ、中村雄二郎の演劇的知、臨床の知か?)。

不正確を覚悟で、観光ガイド程度の浅薄な情報から一般的なストーリーを紹介すると、未亡人チャロナランは、破壊的魔力を持っていることから怖れられて、森へ追放される。しかも、娘と国王との間に持ち上がった結婚話まで中断されたことを知り、怒り狂ったチャロナランは、侍女たち(シシュー)に命じ、黒魔術を使って、国中に災疫を蔓延させる。困った国王と大臣は、聖者の助けを求める。チャロナランは、悪、死、邪の象徴としての魔女ランダに化身し、善、生、聖の象徴である聖獣バロンと闘うが、いつまでもその決着はつかない。ここに、善は常に悪とともに存在するというバリ人の世界観が表されていると言われるが、バリの人々は、ランダの力を畏れ、こうして供物と劇を捧げることで、ランダを鎮めようとしているのだそうだ。

チャロナランが始まるのは、夜の10時も回ってから。真夜中を挟んで、2時頃まで続く。いわゆる丑三つ時だ。この日だけは、子どもたちも寝ずに起きていることが許される。演じ手と観客の間にはっきりとした境界のないまま、地面に腰を下ろした村人たちに取り囲まれるような形で、ガムランが響き渡り、きらびやかな女性の踊りから劇が進行していく。間に、お笑い劇が繰り広げられ、大人も子どもも、文字通り、転げ回って笑う。内容はまったくわからないが、エネルギーが開放され、早くも、全体に一体感が生じ始めることを感じる。こうして、長い時間をかけ、じらして、じらして、真夜中を過ぎ、いよいよランダ登場となる。ランダは恐ろしい形相で、獣のようなうなり声をあげながら、ガムランの音に乗って、猛り狂う。クライマックスでは、ランダが胸を剣で刺され、トランスのまま墓場へ向かって走り去るのを、いまや一体となった村人たちが追いかける。バッタリ倒れたランダは寺院の奥へと担ぎ込まれ、仮面がはずされ、聖水がかけられることで、少しずつ意識を取り戻していく。

真夜中の死の寺院の庭という舞台設定、ガムランの響き、魅惑とエネルギーの開放。眠さも相まって、人々は意識から無意識の世界へくぐりやすくなる。宗教的価値観を共有していない者にとってさえ、トランスが容易く起こりえるだろうことを推測させるきわめて洗練された舞台演出である。本当のところは、バリ・ヒンドゥーを学ばなければ理解できないに違いないが、心理学的に見れば、このような文化装置を使うことで、人々が、自分のなかにある闇の部分、怒りや妬みや恨みなどドロドロした感情との接触を可能にするのだろう。現代日本の大きな問題は、光と闇の解離であると思っているが、ランダはこのふたつを結ぶきわめてすぐれた叡智の例である。

ランダは、その風貌から、ユングの言うところのテリブル・マザーの元型であるように見える。大きな乳房を垂らした衣装に身を包み、長い牙と長い舌、長い爪を持つ。ランダの持つ白い布は、もともと母親が子どもを抱くときに使う布だったと言う。見るからに恐ろしげであるが、見ようによっては、ユーモラスで親しみを感じなくもない。ランダの面は、ふだんは、この白い布で覆われ、箱に恭しく保管されている。ランダが目覚めないようにということらしい。ランダを舞う者は、霊力を持つ者でなければならず、観客は終劇まで帰ってはならない(そうでなければ悪霊に取り憑かれてしまう)ことは、当然であろうと感じられる。いったん入ってしまった集合的世界から個に戻ることは非常に困難であり、高い危険性が伴うだろう。ここでは、きわめてよくできた文化的装置として、儀式の力が生きているのだ。

紹介だけで紙面を喰ってしまったが、体験について少しだけ。私が参加させてもらったのは、始まりの踊りとチャロナランの侍女シシューの黒魔術の場面。踊りを教えてもらった先生たち(と言っても、まだ若い個性豊かで魅力的な女性たち)と5人で、きらびやかな衣装に身を包んで始まりの踊りを踊った後、舞台裏へ行き、今度は、恐ろしい姿へと変身する。たくさんの花々で美しく飾った髪をほどき、バサバサにしてお化けのように顔に垂らし、頬に黒い皺、口には白い牙を二本描き、ランダと同じ白い布を持って、黒魔術の場面へ出る。表と裏をつなぐ時でもある。丑三つ時にあんな恐ろしげな格好をすることについては、正直、好奇心と躊躇の両方が入り交じったが、やってみるとかなり楽しめた。トランスとまではいかないが、一種、個を越えて全体的なものに自らを委ねる体験である。悪さをする原初的な力とつながる感覚を覚えた。

村人たちには、とても暖かく迎え入れられたと思う。言うまでもなく、踊りが下手であることは、誰の眼にも明らかだ。じっとしていればバリ人と見られたが、言葉が分からず、外国人だとわかると、人々が口々に応援し、終わった後には、みな、親指を立て、賞賛してくれた。ここの人たちは、とても寛容でオープンなのだと思ったが、後で聞けば、このくらい大きな村では村にもランダの舞い手がおり、他の村の人間がチャロナランをやるとなれば(踊り手はともかく、ランダを)、必ず、ブーイングが起こるものだという。今回、それはいっさいなかった。その上、外国人がこれまで正式な儀礼としてのランダを舞ったという記録はない。村人たちは、非常に感謝し、満足し、口々に、川手さんを「もう彼は、すでにバリ人になっているのだ」と褒めた(私も言われたけれど、「バリ人ですね」は褒め言葉らしい。バリ島民としての誇りの表れだろう)。バンリ滞在中、別の村の僧侶が、川手さんに、さっそく次のランダの依頼に来ていたくらいだから、舞い手としての評価は相当に高いのだろう。

昨年は、このランダを観客の1人として観たのだが、今回は、内側から体験できたことで、なにがしか、この摩訶不思議な儀式のなかにすっぽり入ることができたような気がする。人々と一緒に、闇の世界に根を降ろし、生きるためのエネルギーを充電する感覚が少しわかった。やはり、闇と上手く共存することが重要なのだ。表と裏、解離の国、日本で、どのようにこのふたつの世界をつなぐ水路を開くのか。大きな課題である。カウンセリングは個のレベルで細々とそれをやろうとしているわけだけれど、もっと文化レベルでの大きな変革が必要だろう。