2010年12月のきまぐれトピック

女性ライフサイクル研究所20年の活動報告
(1990年10月〜2010年10月)

西 順子

去る2010年10月31日(日)、「女性ライフサイクル研究所設立20周年イベント」を開催しました。その際に報告させて頂きました「20年の活動報告」を、このコーナーでも紹介させて頂きたいと思います。写真やビデオをご紹介できないのは残念ですが、私たちの「歩み」を知って頂ければ、嬉しいです。また併せて、年報20号もお読み頂ければ嬉しいです。 今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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●1990年10月1日、大阪市北区にて、女性ライフサイクル研究所は産声をあげました。スローガンは、「女性の視点から女性のサポートを」です。

女性ライフサイクル研究所開設の発想は、創設者村本邦子のお産の体験に遡ります。ひょんなことから第一子を自宅出産した村本は、母性という制度がどんなふうに母たちの自然な愛を歪めていったのかを認識しました。「個人のこころ」を規定する社会システムや歴史というものに視野が開けたのです。ここから、社会に開かれ、女性の視点に立った心理臨床という発想が生まれました。

女性ライフサイクル研究所という名前は、「自分たち自身のライフサイクルに応じて、関心も変わっていくだろう」という視点から、名付けられました。英語では「Feminine Life Cycle」、これを略して、FLCと呼びます。FLCという名称は、今も愛称として親しまれています。

●1990年初期、真っ先に始めたのは、妊娠・出産・子育てのサポートでした。具体的には、カウンセリング、グループワークショップ、無料電話相談からスタートしました。そして、年報「女性ライフサイクル研究」を発行、FLCネットワークとして通信物の発行など、研究活動、ネットワークづくりにも着手しました。

特にここでは、グループワークショップを紹介しましょう。当初開設されたグループは二種類ありました。子どもの発達心理を学ぶグループと、女性学を学ぶグループです。グループでは、発達心理学や女性学について学びながら、参加者たちが日頃の体験を語り合うという手法で行われました。孤独と不安のなかで子育てをしている母親たちに、「発達心理学」の専門知識をわかりやすく伝えたい、そして自分の頭で考える子育てができるように、そして、仲間たちとのつながりのなかで親子の成長を共有できるようにと考え、発達心理を学ぶグループがうまれました。

女性学を学ぶグループでは、スタッフも参加者と一緒になって、生い立ち、性、妊娠・出産、子育ての体験まで、女としての体験を語り合いました。「自分だけではなかった」と女であることの普遍性を体験し、女性同士の友情(sisterhood)が生まれていきました。

女性たちが自分らしく伸び伸びと生き、自己実現するためのグループとしても機能していました。そして、「個人的なことは政治的なこと」というグループ体験は、研究所の存在の基盤となりました。このグループワークショップは、現在「読書会」のグループとして引き継がれています。

●1990年前半、村本が開業ベースでカウンセリングをスタートさせて直面したのは、子ども時代の虐待や性暴力の問題でした。少なからぬ女性たちが成長過程においてどれほど深く傷ついてきたか、女性のメンタルヘルスにこれほど大きな影響を与えているはずのことを世間はおろか専門家たちも理解していない、ということに愕然としました。それで、虐待、とくに子ども時代の性虐待についての社会啓発をスタートさせました。

まず、年報2号では『チャイルド・セクシャル・アビューズ』の特集を組みました。この2号は、マスコミに大きく取り上げられ、全国各地から電話相談や問い合わせが寄せられました。

そして、性的虐待の講演会を主催したり、暴力防止プログラムを開発・実施しました。専門家の意識を喚起するために毎年日本心理臨床学会で自主シンポジウムを開催しました(1992-2000年まで)。

この時期には、数々のサバイバーたちとの出会いがありました。「カウンセリングルームでカウンセリングをしていられる状況にない」サバイバーたちと、ともにできることを模索し続けました。この経験は、現在も、支援の原点であり骨格となっています。社会という次元が本人の回復に必要であること、心の問題だけではだめだと確信を強めていきました。

●そして、1990年後半。1995年、阪神淡路大震災が起こりました。震災をきっかけに、トラウマ概念が我が国でも広く知られるようになりました。1990年代も終わりになるにつれ、心のケア、子育て支援、被害者支援、虐待、DVなど、トラウマの影響と回復についても理解されるようになっていきました。時代が変わり、社会がようやく、社会の根っこにある暴力の問題に目を向けるようになってきたのです。

1999年、研究所では当時島根大学社会学部教授だった石川義之先生とともに、大規模な性被害調査に乗り出しました。この研究はランダム・サンプリングによる質問紙調査とインタビュー調査からなります。女性のトラウマを考える会を組織し、スタッフが調査に協力しました。インタビュー調査を通して実感したことは、「人々は想像を絶する深刻なトラウマを抱えながらもサバイブしている現実がある。それを支えるのは、身近な人々の温かさだったり、ささやかな言葉であったりする」ことを実感していきました。

一方、1999年に、村本は米国ユニオン・インスティテュート博士課程に入学しました。村本が博士課程時代に得たトラウマについての新しい情報や仕組みは、さっそく研究所にも取り入れられました。まず、日本でもいち早くインフォームド・コンセントをつくりました。そして、トラウマを査定するMTRR尺度を日本に紹介し、トラウマへの様々なグループ・アプローチを試みていきました。

●そして2002年。仕事も増え、スタッフたちが育ち社会的責任を背負って「やっていこう」という機運が生まれました。議論の末、スタッフの仕事の場としての有限会社と、非営利でボランティア活動を行うNPO法人とを分けて設立することになりました。

2002年4月に研究所を有限会社として法人化、11月には、NPO法人「FLC安心とつながりのコミュニティづくりネットワーク」を設立しました。2003年から、新しくスタッフも迎えることとなりました。

□次世代による活動の展開へ

法人化以降は、村本は次世代養成・援助者支援にエネルギーを注ぐポジションとなりました。それに続くようにして、研究所のスタッフそれぞれが自立的に活動を展開していくこととなりました。カウンセリングと講師派遣と二本柱の活動を中心に、それぞれに社会のニーズにこたえていきました。
カウンセリングでは、法人化以降、EAP(従業員支援プログラム)の分野にも職域を拡げました。行政での女性相談や子育て相談、共済組合でのメンタルヘルス相談に、カウンセラー派遣も行ってきました。

講師派遣では、一般市民から援助職対象まで、講座や研修に講師派遣をし、より広いコミュニティへと展開していきました。講師派遣の地域は、大阪、京都はもとより、奈良、姫路、愛知など、関西周辺からの依頼も増えています。また、山陰、四国、九州・沖縄地方と主に西日本の各地域から援助者向け研修の依頼を頂いています。
一方、企業向けセミナーにおいては、男性に向けての発信も行ってきています。

□次世代養成と援助者支援

特に、次世代養成と援助者支援についてご紹介します。

次世代養成としてまず研究所内で定期的に行っているのは、月1回年報会議、年2回ケース・カンファレンス、年2回内部研修、年6回家族造形法研修、年1回宿泊研修などです。 2003年からは、立命館大学大学院より臨床心理士養成コースの実習生を受け入れています。また、NPOでの活動の場も次世代養成の場となっています。DV子どもプロジェクト、Vi-Projectなど、NPO活動に取り組む若手スタッフらをバッアップしています。

援助者支援では、DV被害者支援に携わる援助者対象に、DVスペシャリスト協会、内閣府「配偶者からの暴力被害者支援アドバイザー派遣事業」、各地域のDV・虐待支援者ネットワーク研修会等への講師派遣をしています。
子育て支援に携わる援助者支援としては、保育士・幼稚園教諭・子育て支援センター・ファミリーサポートセンターなどの職員、子育て支援者向け研修への講師派遣を行っています。特に2006年から毎年「キッズサポーター・スキルアップ講座」を開いていますが、保育所・幼稚園の研修の一環として、毎年参加下さっている園もあります。

その他にも、福祉職、教師、看護師などの援助者向けの研修も行っています。

□戦争とトラウマのテーマに着手

一方、新たなテーマにも着手しはじめました。2005年、開設一五周年記念シンポジウムでは「戦争・ジェンダー・トラウマ」を企画・開催しました。「戦争とトラウマ」のテーマは、トラウマの世代間伝達の問題として、アジアの人々との和解修復への試みにも取り組みつつあります。

●まとめ

女性ライフサイクル研究所の事業の特徴は、臨床心理学的地域援助として、社会やコミュニティにひらかれた活動を行ってきたということです。開設以来、必要な人に必要な情報や支援を届けられるようにと、予防啓発活動から臨床的援助まで、「橋渡し」を行ってきました。具体的には、カウンセリング、グループ、講師派遣、講座企画、年報発行、執筆活動などです。そして、活動のテーマは、妊娠・出産・子育てのサポートから、虐待、DV、性暴力のトラウマへ、そして、戦争とトラウマの世代間伝達の問題へと拡がってきました。対象も、女性や子どもから、家族や男性まで、一般市民から、援助者、働く人々・・へと拡がってきています。

これからも、権利擁護の立場にたち、人々とつながるなかで、コミュニティ支援に取り組んでいきたいと思います。