2008年1月のきまぐれトピック

箱庭療法〜こころの声を聴く

下地久美子

 女性ライフサイクル研究所の面接室には、たくさんのミニチュア玩具の並んだ棚と砂の入った木製の箱(縦57センチ×横72センチ×高さ7センチ)があります。はじめて訪れた人には、「これは何ですか?」「どうするのですか?」と、よく質問されます。
 「これは、箱庭といって、好きなようにおもちゃを並べて、思い思いの世界や物語を作っていくものです」と説明すると、とても興味を示し、ミニチュア玩具を熱心に眺めたり、「ぜひ作ってみたい」とおっしゃる方もいます。
 箱の内側は、青いペンキで塗られていて、砂を掘ると水を表現ができます。それを利用して、海や川を作ったり、周りに木を置いて、森にしたり、動物を並べたり、家やビルを建て、町を作ったり、実にさまざまな箱庭が作られます。そのように、箱の中に思うままに、自分だけの小さな世界を築き上げていくのが、箱庭療法です。

 箱庭は、イギリスのローエンフェルトが子どものための治療技法として発案した世界技法をユング派のカルフが発展させ、表現療法の一つとして理論づけたものです。日本へは、1965年に河合隼雄が「箱庭療法」と訳して紹介し、子どもから大人まで広く適用される技法として広まりました。
 箱庭療法について、カルフは、作り手であるクライエントとそれを見守るセラピストとの関係を重視し、二者の間に基本的な信頼関係が成り立つことが、治療から成長へと進む前提であると考えました。セラピストに見守られ、自由で保護された空間を感じることで、人は深い心の層から湧きあがってくる内的なイメージを「世界」として表現し、その体験を重ねることで、自ら気づき、変化していくことができるというのです。

 実際に、箱庭にミニチュアのおもちゃを置いてみると、心にぴったりくる感じや、どうもしっくりこないということがあります。砂に触れ、その感触を楽しむことだけでも、不思議と落ち着いてくることもあるようです。箱庭では、自分でも気づかない心の動きが表現され、うまく言葉では語ることができない何かが現れてくるのでしょう。
 しかし、箱庭は、隠された心の動きを知ることを目的としているのではありません。むしろ、ある物語を作りあげていくプロセスや、できあがった箱庭表現を味わうことが大切であるといわれます。はじめは、はっきりしたストーリーがない場合も、作品を眺め、感じたことを話し合う中で、少しずつ霧が晴れるように、心の物語が形になっていくこともあります。

 箱庭は多くの場合、1回だけ作られるのではなく、何回か継続して作られます。ひとつひとつの箱庭は、その時々の作り手の気持ちが表現されているので、続けて見ていくと、心の変容をとらえることができます。戦いのテーマが現れたり、分離あるいは統合のテーマが現れたり、大切なものの死、そして再生のテーマが現れ、またそれぞれのテーマが複雑に絡み合いながら、物語が展開してゆきます。
 症状や大きな問題を抱えるということは、その当人にとっても家族にとっても想像を絶する苦しみや悲しみをもたらすものです。しかし、そこから目を逸らさずに正面から取り組む過程の中でしか癒しのための物語は生まれてきません。箱庭療法は、さまざまな問題や困難を抱えた人が自分を癒す物語を作り出していく心の仕事にセラピストが同伴し、深く関わっていく心理療法であるといえます。

◆参考文献◆ 
河合隼雄編(1969)『箱庭療法入門』誠信書房
木村晴子(1985)『箱庭療法』創元社