女性ライフサイクル研究所 News Letter

2009年4月発行第86号

個人史と歴史をつなぐ

村本 邦子

映画「ディア・ピョンヤン」は、梁英姫(ヤン・ヨンヒ)監督が、北朝鮮に「帰国」した3人の兄と、朝鮮総聯の活動に人生を捧げた両親を十年にわたってカメラで追ってできた作品だ。長くしがらみであり続けた家族から逃げるのでなく、正面から向き合うことで、時代に翻弄された両親の人生を理解し、個としての物語を見ることができるようになる。同時に、家族を通じて時代や社会に拓かれていく。

縄文、弥生・・・と順を追って歴史を学ぶのでなく、自分のいるところから遡って、自分の生まれる前、さらに両親の人生を遡って、両親の生まれる前・・・というふうに、家族史を逆にたどっていくことで歴史を学ぶというアイディアはどうだろうか。私は、今、母の体験した東京大空襲や、父の生まれた占領時代の台湾を歴史の中に位置づけて学び直しているところだ。

心ブームに疑念を感じる心理学者としては、どうすれば、人が決して真空のなかに浮かんでそれぞれあるわけでなく、逃れようのない歴史の網の目のなかに投げ込まれ、生まれ、育つのだということを理解することができるのだろうと考える。「人様に迷惑をかけてはいけません(=迷惑をかけなければ何をしてもいいじゃないか)」「自分の命をどうしようと自分の勝手だ」という傲慢な言い分を実に苦々しく思うからだ。

個人史をたどることで歴史に行きつくことによって、もしかすると、私たちは、これを乗り越えていけるのではないだろうか。自分の存在をしっかりと世界の土壌に根付かせること。痛みや哀しみや恥や怒りなど、一見、ネガティブなものを含んだ土壌かもしれない。それでも、そうであればあるほど豊かな土壌にもなり得るだろう。そうして初めて、自由や解放というものが得られるのではないかという気がしている。