ニュースレター No.46 / 2003年5月

お産とトラウマ、そして子育て

窪田 容子

 この冬、3度目のお産を助産院で経験した。検診の時に、助産士さんとゆっくりと話ができたが、母親にとってのお産の経験がどのようであったかということが、後々、生まれた子どもへどのように関われるかということに、大きな影響を及ぼすという考えを持っておられた。このため、お産が良い経験となることを重視していた。
 お産の時に希望することがあったら、できることはさせてあげるからと言ってくれた。陣痛が始まり、助産院につくと、車の音を聞いただけで、助産士さんが優しく出迎えてくれた。家族で一晩過ごした和室で、強まってくる陣痛のさなか、私は出来るだけ楽に乗り切るために、歩いたり、椅子やクッションにもたれかかったり、よつばいになったり、横になったり、あれこれ試していた。強い陣痛がくるたびに、つい力を入れてしまう体を、逆に開いていくようにとイメージをしていた。そのためかどうかは分からないが、お産のプロセスがどんどん進み、あっという間に赤ちゃんが産まれた。なんて楽なのだろう。自然に生むというのはこういうことなんだ・・。会隠が切れることもなかった。そのままおなかにのせてもらった我が子。へその緒は希望通り、拍動が止まり、冷たくなった時点で自分で切った。「よつばいかしゃがんで生もうと思ってたのだけど、横向きで生んじゃったな・・」と助産士さんに言うと、「お産が急速に進む人は、横向きが一番楽だからね。自分で楽な姿勢を選んでたんだね。主体的なお産をしたんだね」と言ってくれた。そうなんだ。あれこれと姿勢を試して、横になっているのが一番楽で、そのままその姿勢で生んだのだけど、それが一番楽な姿勢だったんだ。そう思うと嬉しかった。産後も、赤ん坊が大声で泣くと、助産士さんが、来てくれ声をかけてくれ抱っこしてくれた。安心感があった。
 助産士さんが、「ここの助産院で生む人は、3人4人と出産する人も多いよ。お産がトラウマとならないからね」と言っていた。お産の最後のプロセスでは、産婦はほとんどコントロールを失うし、助産士や医師に全面的に依存した状態となる。そのときの対応いかんでは、お産がトラウマとなることはかなり多いのではないかと思う。お産がトラウマとなり、その影響で憂鬱になったりイライラすれば、初期の子育ての妨げになることもあるだろう。お産のトラウマがマタニティブルーの引き金となっている可能性についても、もっと目を向ける必要があるのかもしれない。
 女性が、そう何度も体験するわけではないお産。つらくて苦しいイメージを持つ人も多いが、お産がもっと大事にされ、女性にとって良い体験となれば、子育てを取り巻く問題の何かをも変えていくのかもしれない。私たちも、子育て支援を活動の一つとしているが、いろいろな立場の人たちの、いろいろな切り口からの取り組みが、実を結ぶことを願っている。