ニュースレター No.46 / 2003年5月

再び「はじめまして」の春

小林まり子

 2003年4月第一週、大川沿いの桜が満開。花見客でにぎわう公園を、不思議な気持ちで歩いていました。人、人、人‥40数年の人生で得た多くの出会い、そして十数年を経て再び、色合いをかえてつながった縁を想いながら。

 村本さん・津村さん・前村さんとの出会いは、十数年前。紙おむつメーカー主催「赤ちゃん学の会」での同窓生でした。しばらくして、村本さんが女性ライフサイクル研究所を立ち上げられたのを、新聞で知りました。確実に活動を続けられる研究所の様子を、あちらこちらで耳に目にしてきた十数年。研究所は常にまぶしく誇らしく、私をほっこりと温め続けてくれる存在でした。
 一方、その後の私は、三人の子育てをしながら、色々やりました。地域では、親子劇場や生協の役員を子連れで、行政主催の保育付き講座も常連で、子育てサークルを作ろうと走り回ったこともあります。お金がほしくて内職もやったし、ミニコミ誌のレポーターや企業モニター、懸賞作文‥と次々にチャレンジ。幼子に時間とエネルギーの大半をとられながら、「子どもはいつか私を卒業する、だから子育てだけで人生を終えられない」との想いに突き動かされていた、あの頃。
 「35歳で再就職」を目標に、消費者関連の資格を取得したのが10年前。学歴・職歴、何にもなしの自分が社会復帰を果たすために必要なのは、資格と人脈と思いつめていました。学童保育のある地区に引っ越し、再就職準備が整った頃、父の闘病、死、そして夫には海外赴任の話。
 子育ても家庭生活も妻に背負わせて、キャリアを重ねる夫、設計図どおりに運ばない自らの人生、肉親の死‥心のバランスを崩して地域の女性フロアを訪ねました。そこで女性問題の視点を得て、夫の赴任先・シンガポールに同行することを決心したはずでした。ところが、日本どころか大阪を離れるのも初めて、旧来の関係を断ち新しい土地で人間関係を築いた経験もなかった私。日本人も多く、暮らしやすいはずのシンガポールでの4年という膨大な時間を、夫婦関係や母との関係、家族について悩むことに費やしてしまいました。でもそこで得た出会いと様々な問題への対処が、私を鍛えてくれたように思います。
 4年前、帰国。その直後、消費者問題情報誌の編集という仕事を得て、ようやく15年間の専業主婦生活にピリオドを打ちました。この3月までの2年間は、かつてお世話になった女性フロア・情報相談窓口として勤務。いずれの仕事も、この十年の人との出会いが運んでくれたものです。  
 その十年に一段落つけたこの春。今、再び女性ライフサイクル研究所に「はじめまして」と手を差し伸べていただきました。あの紙オムツをしていた末息子は、ラグビーに燃える泥だらけの中3。確実に私を卒業していく子どもたち、決して子育てだけでは終わらない人生を信じることのできる私がいて。さて、これからどんな出会いが待っていることでしょう。

 4月から事務局スタッフに加わりました。利用者の方はもちろん、憧れのスタッフの方々がより心地よく関われる環境づくりにつとめます。
 どうぞよろしくお願いいたします。