スタッフエッセイ 2014年3月

愛犬トトに感謝

津村 薫

折に触れて愛犬、愛猫のことを書いていたが、この1年、愛犬のことを書かなかった。愛犬トトが昨春、2013年4月5日に17歳で天国に旅立ったからだ。まもなく1年になるので、書いてみようかなと思う。

愛犬トトはロングチワワ(♂)、わんぱくで気が強くて、甘え上手で賢い子だった。トトに壊されたものは数知れず。小さい頃、公園で見つけたものを口に入れようとして、止めた私の手に思い切り噛みついたこともある。これは病院に行くケガになったが、知人たちから手の包帯を「どうしたん」と問われ、「飼い犬に手を噛まれた」(笑)。大阪人なんだから、話にはちゃんとオチをつけないとね(笑)。

我が家にやってきてまもなく、脱水症状を起こして動物病院に連れて行ったが、点滴中、針に噛みついて引き抜こうとしたことがあった。よほど痛かったのだろう。獣医さんが薬を口から入れようとしても頑として口を開けないこともあり、業を煮やした先生が「おまえ、ガンコちゃんって名前に変えてもらえ」と言ったところ、突然パカッと口を開けた。「どうも“ガンコちゃん”は嫌やったらしいな」と先生が言い、皆で笑った。

それ以降は病気知らずで、年に一度の予防注射以外に病院に行くことはない健康優良児だった。私が帰れば玄関でちぎれんばかりにシッポをふって迎えてくれる可愛い姿が今も思い出される(いまは静かに猫がひっそりと迎えてくれる)。

トトが我が家にやってきたとき、娘がまだ小学2年生だった。にぎやかに遊んでは、気がつけば同じ姿勢で寝ていたり、ケンカをしたり、本当にきょうだいのようだった。娘は大学生の時にひとり暮らしを始めたが、一番心配なのは犬猫たちだと言っていた。もう年寄りだし、彼らと電話で話すこともできないしと、それだけは随分心残りだったようだ。たまに帰ると、真っ先に犬猫たちを抱き寄せていた(笑)。

人間の食べるもの、特にお菓子などはあげなかったが、トトはなぜか葉物野菜が好きだった。キャベツを切っていると後ろに気配がする。目をらんらんと輝かせたトトが「ちょうだい!」とねだりに来ていた。レタスも好きだったっけ。

梨、柿、甘いりんごもなぜか好きだった。小さく切ってあげると、シャリシャリといい音を立てて食べていて、その無邪気な姿に家族の笑みがこぼれた。亡くなる1週間前に夫がトトの好きな王林を少し与えてくれた。おいしそうに食べたそうだ。

賢い子で、私がスーツ姿だと仕事なのだと判断するのか、おとなしく見送ってくれる。ラフなスタイルをしていようものなら、「なんで連れて行ってくれないんだ」と言わんばかりに文句を言う。「違うねんて、今日は会議やねん」って、なんで犬に言い訳してるねん、私(笑)、みたいなことがよくあったなあと思う。

我が家の電話のベルはクラシック音楽だったが、それが鳴ると一緒に歌い出す子だった。リコーダーを吹いても一緒に歌ってくれる。なんともいい表情で歌い上げてくれる。なかなかの美声だった。

「トトちゃん、寝よか」と言うと、私たちの先に立って、ベッドにすたすたと歩き出す子だった。布団にもぐってきたり、枕にちゃんと頭をつけて寝るのが可愛かった。ぴょんと器用にベッドに飛び乗っていたのが年と共に乗れなくなり、段差をつけたら、よいしょと大儀そうにそれでも登っていた。

トトが4歳の頃に娘が拾ってきた猫のココアが自分と一緒にベッドに上がることは絶対に許さず、上がりそうなものならウーッと威嚇していたが、晩年は気も弱くなり、トトがベッドに上がらなったら、猫が我が物顔でベッドに上がってくるようになった。複雑な気持ちだったが、人間も似たようなものなんだろうとしみじみ感じさせられた。

年を取って心臓が悪くなり(犬は心臓、猫は腎臓で最期を迎えることが多いと聞かされていた)、薬を処方されるようになったが、少しでも晩年が楽なようにと飲ませ続けた。この薬を飲み始めたら寿命は3年以内と考えてほしいと、その時に獣医さんから聞かされていた。

人間のように認知症もはじまり、食後に食べ物をねだったり、意味なくグルグル回るなどの症状を示すようになった。食べる時以外はひたすら眠り、気まぐれに寄ってきてくれる以外には私たちとの関わりをそんなにも好まなくなった。この世よりもあの世への繋がりを徐々に増やしていったかのように見えた。

そして、ちょうど余命宣告の3年という時が昨年の春だった。よく寿命いっぱい頑張ってくれたものだ。年中多忙にしている私が最も体が空く時期でもあり、存分に最期の時を共にすることができた。最期に飼い主らしいことをさせてくれて、トトにはひたすら感謝している。

点滴を痛がって自分で引き抜こうとした幼少期の姿が思い出されて、寿命なのに延命のために痛い思いをさせるのはしのびなかったので、獣医さんにお願いして、苦痛を和らげる薬のみを処方してもらって、点滴も含めて痛みを伴う治療は一切しなかった。

最期の時は家族で共有したので、ここに詳しく記すことはしないが、トトが逝ったときに身近な方たちから温かいお心遣いをいただいたことをずっと忘れないと思う。小さい頃からトトを可愛がってくれた方たちが生前のトトにお別れに来てくれたり、トトを見送る斎場にふっと現われてくれたり、お花をいただいたり、トトの似顔絵をいただいたり、周囲から温かい言葉をいただいたりと、随分助けられた。やはり動物を亡くした友人が「虹の橋」という詩を教えてくれた。こういう時は普段の生活のリズムを崩さないに限る。しっかり泣いて、しっかり食べて、しっかり眠るのだ。

ぽっかりと穴があいたかのような喪失感も、「そりゃ、人生の3分の1を共にしたんやもんね」とある人に言われて納得したことも思い出す。動物の寿命はそもそも短い。覚悟をしていても別れはつらいが、この喪失に慣れることも、幸せだった年月への感謝と共に、時折押し寄せる悲しみをもまるごと抱えて生きることが残されたものの課題なのだろう。

残された猫のココアは寂しそうにしている。トムとジェリー?みたいに仲良く喧嘩していたが、最期は弱っていくトトに頬をすり寄せていた。ココアは今、静かに余生を過ごしている。この子との時間も大切にしていこう。

昨春、桜が満開な中、トトを見送った。またあの季節がくる。お別れにトトにかけた言葉は、「トトちゃん、うちの子になってくれてありがとう」。

(2014年3月)