スタッフエッセイ 2014年1月

歯医者さん、その後

渡邉佳代

去年の12月に入った頃、歯磨きをすると、ピリリッと歯にしみるようになった。虫歯かな?数年前に、10年ぶりに歯医者にかかって以来、実は今も3ヶ月に1度、歯科検診に行っている。以後、治療もなく、メンテナンスだけのために行っているのだが、自分の体をいたわる時間を意図的につくるためにも続けている。半年前には首を痛めてしまい、それも真面目に整骨院通いをしている。

歯科検診の日、歯科衛生士さんにおそるおそる歯にしみる部分があることを伝えてみた。歯科衛生士さんは、何度か私の口を開けさせたり、閉じさせたり、歯を噛み合わせさせたりしてから、「歯周病とか虫歯ではないですね。力が原因です」と言う。<力?>「自分の歯の力です。上下の歯を噛み合わせて、そのままゆっくり左右に動かしてみてください。こことここ、そして、こことここ。ぴったり上下の歯型が合うでしょう。歯ぎしりです」

たま〜に、家族から「昨日、歯ぎしりしていたよ」と言われることがあったものの、あまり自覚はなかったので、こんなに左右に歯をすり合わせていたなんて驚いた。「歯ぎしりの力で、歯茎が浮いてしまって、本来なら歯茎に隠れている部分が出てしまっているんですよ。それでしみるんです」<なるほど、そんなに強く私は歯ぎしりをしていたんですね>「虫歯でも歯周病でもなくて、自分の力で自分の歯を痛めたり、壊してしまったりするのは、一番もったいないことです」

歯科衛生士さんとのやりとりで、12月、自分は頑張り過ぎていたんだな、と振り返った。この数年は、ピリピリカリカリして頑張り過ぎないように、随分努力をするようになったし、その間にも自分をいたわることを意識的にしてきたつもりだ。体の感覚を大事にしたいと思い、去年からSE(ソマティック・エクスペリエンス)を学ぶようにもなった。だが、あっという間に11月から12月のスケジュールが埋まってしまい、あと2週間!などカウントダウンして、つい自分の心と体を置き去りにしてしまったのだろう。

NPOのDV子どもプロジェクトでは、DVシェルターに出向き、DV被害から避難してきた親子に向けたプログラムを行っている。母親プログラムでは、主にペアでのアロマハンドマッサージを行い、私自身もボランティアとして、母親とペアになってマッサージをし合う。今まで頑張って生き抜いてきたお母さんたちの中には、自分の頑張りや心のしんどさに気づきにくかったり、認めにくかったりする方が少なくない。だが、体の不調や、体の頑張り、体の困りから「自分の感覚」につながり、自分が思った以上に頑張ってきたことに気づいたと話される方は多い。

例えば、ペアになった女性の腕が硬くこわばり、ガチガチになっている時に、<腕がガチガチですね。腕をよく使いますか?>と尋ねる。「小さい子がいるので、ずっとこっちの腕で抱っこしながら家のことをしていたんです」<お子さんをずっと抱っこしながら大変だったでしょう。腕も頑張ってきたんですね>そんな会話からポツポツと、子育てで頑張ってきたこと、自分の体も頑張ってきて、疲れていたことに気づく女性たち。

「自分の歯の力で自分を痛めるのは、もったいない」。歯科衛生士さんの言葉に、お母さんたちとのマッサージが思い出された。もし、その言葉が「頑張り過ぎないでいいんですよ。ゆっくりしましょう」とか「十分頑張っているから、肩の力を抜いて手抜きをしていいんですよ」だったら、それができていたら苦労はないよね、自分はしているつもりなんだけど…と、人があたたかく向けてくれた眼差しを私は素直に受け止めることができなかったかもしれない。頑張り過ぎて、自分の体や心に無頓着になってしまうと、人のあたたかさにも無頓着になってしまうように思う。

私の体の困りや頑張りに向けた歯科衛生士さんのその言葉は、すっと私の胸に落ちてきた。つい頑張り過ぎてしまうのは自分の性分だが、それと上手に付き合いながら、頑張り方や力のかけ方を工夫していきたい。自分の心と体を置き去りにしてしまったり、自分で自分を粗末にしてしまうことは、一番身近な家族のことも傷つけてしまっているだろう。もしかしたら気づかないうちに、大切な職場の仲間や親しい友人たちに対しても無頓着になっているかもしれない。

今年もどう考えても忙しくなるだろうが、自分の心と体に無頓着にならないように、周囲のあたたかい言葉や眼差しに無頓着にならないように、もう少しゆったりとした気持ちで生活を送りたい。のんびりとか、ゆっくりとか、ほんわかとか、ほっこりとか…そんな感覚を今年は大切にしたいなと思う。

(2014年1月)