スタッフエッセイ 2013年10月

夏の思い出

渡邉佳代

ついこの間まで、「いつまでこの暑さが続くんだろう…」と思っていた気温も、台風の後にはグッと気温も下がり、すっかり秋らしくなった。10月に入ってタクシーに乗った時、運転手さんが「あと3ヶ月もすれば正月ですよ。信じられない暑さですよねぇ」と話していた。それから10日も経つと、風が吹くたびに公園の銀杏がポタポタ落ち始め、今では、あんなに暑かった毎日が遠くに感じる。

今年の夏は、実家の子どもたちが初めて大阪の我が家に遊びに来た。子どもたちだけで飛行機に乗るのに、下の甥っ子は規定の年齢に少し足りなくて、直前に行けないことが分かり、結局は上の姪っ子と真ん中の甥っ子の2人が来ることになった。ママやパパとしっかり打ち合わせをして、当日は朝早くに伊丹空港に迎えに行く。CAさんに連れられて、少し緊張したような、不安そうな表情をして現れた2人は、私を見つけると、ぱぁっと表情が明るくなり、私とCAさんの手続きが終わるまで、2人で周りをピョンピョン飛び回って大興奮だった。

ちょっと落ち着くと、小2の甥は「●●くん(私の夫)、僕の飛行機の帰りの券、持っていて」と言って、「なくしちゃダメだよ」とママやパパに言われていた数々のものを夫に手渡し、しっかりと夫の手を握り始めた。どうやら彼は、「オオサカで大事なものをなくしたらどうしよう、迷子になったらどうしよう…」と何日か心配した挙句、「そうだ!大事なものは●●くんに持っていてもらったらいい。僕はずっと●●くんと手をつないでたら迷子にならないね!」と、彼なりの安心の対処を考えついたらしい。

事前にママから滞在中の荷物を送ってもらったにも関わらず、姪はたくさんの荷物を抱えていて、「何が入っているの?」と尋ねると、鞄から出てくる出てくる…。DS(「USJとか行ったらたくさん待つでしょ。待っている間にできるよ。私はしないけど」)、キラキラのデコレーションがされた電卓(「ダイソーで買ったの。かわいいでしょ。お土産の計算をするの」)、マッサージローラー(「これ、気持ちいいんだよ。佳代おばちゃんの足にしてみて」)、塗り絵と24色の色鉛筆(「佳代おばちゃんに塗ってもらうの。友達に見せるから」)…。

それぞれが、甥っ子や姪っ子らしい選び方で感心してしまった。USJでのお土産選びも、堅実な姪は1区画から離れず、「だっていっぱい見てしまったら、選べなくなるもん。この中から選んで良しとするの」と、しゃがみこんでお土産を渡す人のリストとにらめっこしながら、電卓をパチパチし始める。甥はお土産売り場全体を縦横無尽に走り回り、「○○先生(担任の先生)にこれあげるの!」と、大きなスパイダーマンのクッションを抱きしめる。「いいね。でも、これ、■■ちゃん(甥)がランドセルを背負って、この大きいクッションも持って学校に行って、先生に『お土産です!』って渡すんだよ。できる?」と尋ねると甥はしばし考え込み、「う〜ん、大きすぎて無理!じゃぁ、何がいいと思う?」「そうだね、学校の先生だから、鉛筆とか、メモ帳とか、ノートとかはどう?」「鉛筆にするー!」と、1つひとつ丁寧に決めていく。

丸々3日間、日中はUSJ、スパワールドのプールと温泉、梅田の観覧車を回り、ちょっと詰め込みすぎたかな?と思ったが、なんのその。私も含めて皆でうっすら日焼けをして、子どもたちは1度もケンカもせず、誰も泣かず、普段はしないようなことにもチャレンジして、2人で喜んで帰ってくれた。しばらくはおばあちゃんの携帯電話から私に、何が楽しかったかをそれぞれがメールをしてくれていた。私も夏の思い出に、写真を編集してフォトブックを2冊、子どもたちに送った。

年に1度か2度しか会わない姪と甥。今ではすっかり銀杏の実も落ち、掃き清められた公園で夏の思い出を振り返っていると、遠くに離れ、時々しか会えないからこそ、子どもたちとたくさん話をして、思いっきり遊んであげたいと思う。一方で、私もたくさんのものを子どもたちからもらってきた。どんな時に子どもが嬉しくて「わー!」「キャー!」という歓声をあげるのか、どんな時に悔しくて悲しくて、じっとうつむくのか、それでもちょっとしたサポートがあると、ぱぁっと笑顔になり、またやってみよう!とチャレンジしていくのか。子どもの生きる力を信頼するということを、私は姪や甥の成長とともに、それを肌身で体験してきたように思う。

NPO活動でDVシェルターに行き、1度きりしか会えない子どもたちと遊びのプログラムを何年もしてきた。新しく入った学生ボランティアたちは、1度きりの出会いで何ができるのかと悩む時期がある。私自身もかつてそうだった。だが、ほんのひと時でも誰かと一緒に「わー!」「キャー!」という歓声をあげて遊び、たくさん甘えられた時間は、子どもたちの中で貯金となって何がしかの力になっていくと信頼できるようになった。思い返すと、自分自身も子どもの頃に、たった1度出会った大人とのあたたかい関わりは、今でもしっかり覚えている。もう名前も顔も覚えていないのに。そうして誰かが自分を大切にしてくれた記憶は、ほんのちょっとした時に思い出されて、人の心を静かに温める。シェルターで出会う子どもたちにとっても、そうした時間になれるよう、心を込めて迎えていきたい。姪と甥と過ごした夏の思い出のフォトブックを眺めながら、秋の真っ只中でしみじみと思った。

(2013年10月)