スタッフエッセイ 2013年9月

ダンスとシスターフッド

桑田道子

先日、知人のお子さんが「ダンスが必修になったからすごい困る!苦手〜!」と話していて、思わず「ダンスなんて好き嫌いあるもんなぁ。好きな人は楽しいやろうけど」と答えていた。HIPHOPや女性アイドルグループのダンスが思い浮かび、球技や陸上競技に比べ、ダンスは好みや得手不得手があるのじゃないかと思ったし、ダンスがハードなエクササイズのひとつに挙げられることはわかっていながらも、「ダンスはスポーツじゃないでしょう」という印象があったからだ。小中学校でダンスが必修になったことは知っていたが、なぜだろう?と思ったぐらいだ。

「どんなダンスしてるの?」など話していて、急に思い出した。私の中学校時代は、体育に創作ダンスがあり、体育祭には1年から3年までの女子全員で踊る10数分のダンスが目玉だったのだ。そのダンスのために、1学期の体育も一部ダンスになるし、2学期は体育祭までプール以外はすべてダンスだ。授業だけでは足りず、昼休みや放課後を使って練習する。体育祭が近づいたらもちろん朝練もある。

全学年で同じものを踊るため、各クラスから数名がダンス委員になり、ダンス委員会が結成される。たいていは2,3年生のダンス委員が1年生のダンス委員を指名し、ダンス委員会が統率性をもって引き継がれていく。3年生の委員長を中心とした執行部がリーダーシップをとり、委員会内で、まずその年のダンスのテーマを決める。そして起承転結のストーリーを創り、ストーリーにあわせて4、5曲を選び、そこに動きをつけ、フォーメーションを考える。それを各クラスのダンス委員が先に教わり、覚えてきて、クラスのみんなに伝えるのだ。

ちなみに衣装は、全員同じレオタードに裸足(スクール水着に五分袖がついたデザイン。体操服がハーフパンツ世代からは信じられないデザインかも)!しかも色は、他で見かけることなんてないような鮮やかなブルー。そのレオタードに、衣装係が毎年、ひとり100円の予算でシフォンなどの布を使って、デコレーションのデザインを考える。たとえば、右肩から左脇にたすきのように流してギャザーを寄せたり、腕に巻いたり。

そして、私は3年間ダンス委員だった。どうして忘れてたんだろう。ダンス三昧だったのに。当時はダンスのフリやフォーメーションもあまり参考にできるものがなく、体育の先生にジャニーズのライブビデオを買ってもらい、動きをまねるために一生懸命真面目に、皆で見たのも懐かしい思い出だ。1年生の時には、部活の先輩とはまた違う、3年のダンス委員の人達がまぶしく思えたものだ。かっこいい曲、柔らかい曲、激しい曲…と素敵な曲をたくさん知っていたり、しなやかな動きにピンと伸びた手指やつま先。先輩を前に、踊ってみせないといけない時には、体育のダンステストの時以上に緊張する。バシッと決まったときはキャーキャーハグして喜んでくれたり。

今、改めて思い返すと、そんな縦のつながりが、思春期の私達をゆるやかに囲んでくれ、守り、リードしてくれていたのがよくわかる。もしかすると、お互いに守り合っていたのかもしれない。中1の時の中3はすごく大人に思えるけれど、実際はどちらもまだまだ不安定な思春期まっただなかだ。自分達が先輩になって、後輩たちと接していた時には、お姉さんらしくふるまうことを意識していた気がするから。そんな異年齢集団でのやりとりのなかで、コミュニケーションが磨かれていく面もあるだろう。

すっかり忘れてしまっていたが、この時のあたたかな記憶や先輩に対する信頼や憧れが、その後の高校、大学といった学生時代の先輩後輩とのつながりや、今の私のFLCの先輩スタッフへの思いと重なっているようにも思う。FLCのスタッフになってから、「シスターフッド」という言葉を教わった。女性同士の連帯を、私はとても気にいっているし、大切にしたいと思う。

蛇足ながら、どんなきっかけから始まったのか、これもまた全く覚えていないが、1年生の時に3年生のダンス委員長と交換日記をしていた。当時、私はサッカー部に大好きな先輩がいて、委員長にも大好きな男性がいて、そんなことばかり話しあっていたので、「男性から離れた女性」「自立した性」のような視点はまったくなかったが、それもまた良い思い出だ。

冒頭の話に戻ると、思わず、「必修のダンス」に否定的な表現をしていたが、みなで息をあわせて踊りきる感動を共有する経験は悪くない。私達が踊っていたのはジャズダンスに近いが、今のようにハウスやHIPHOPに馴染みがあれば、もっといろんな動きも使えただろうな。苦手と話す彼女に無理強いする必要はないが、思い出したダンスの楽しさを話してみよう。

(2013年9月)