スタッフエッセイ 2013年8月

戸畑祇園山笠

おだゆうこ

「とんと、とんと、とんと、とんと、ヨイトサー!ヨイトサ—!」
毎年7月の末頃になると、太鼓や笛、銅拍子の音がどこからか聞こえてきて、いつもの町や生活に魔法がかかる。昼の幟山笠が日没と同時に提灯山笠に変容するとそこは非現実的な空間となり、この世に居ながらちがう次元の世界へとつながっていくような時間がながれはじめるのだ。

戸畑祇園山笠は、私が生まれ育った福岡県北九州市の戸畑にて行われる夏の最大行事だ。実家を出るまでは生まれてから毎年欠かさず参加したし、父親は提灯山笠のお囃子(祭りの音)が大好きで録音してよく聴いていたので、私や姉は生まれた頃からその音色を耳にしていて、お囃子を聴くと血が騒ぐというか全身全霊で反応してしまうのだ(笑)。理屈抜きに当たり前のように参加し、愛着をもってきた故郷のお祭りであり、その歴史や由来について知る機会も必要性もなかったのだが、夫にその魅力を語ったところ「それってどういうお祭りなの?」と聴かれ、ハッとした。

戸畑祇園山笠は200年を超える歴史をもち、国指定の重要無形民俗文化財に指定されている。その起源は「須賀大神に疫病退散を祈願した際、御神徳により平癒したため、山笠をつくり祝った」といわれている。その大きな魅力は、昼の幟山笠が夜になると一基につき309個の提灯12段に重ね、高さ10メートル、重さ2.5トンの「光(蝋燭の炎)のピラミッド」提灯大山笠へと変容することだ。その山を約80人ほどの担ぎ手が一丸となって、お囃子にあわせ掛け声をかけながら、山を担ぎ、行ったり来たりと走りまわる。その迫力と音色と掛け声を繰り返していくほどに、異次元へといざなわれていく。山はその土地の守り神である神社を基地とし、夜の提灯山笠は神に祈りを捧げ、山に神をのせる儀式から始まる。天、西、東、中の全部で4基あり、それぞれに大人が担ぐ大山笠と中学生が担ぎ手となる青年山笠とがある。また山ごとにお囃子の音色は異なり、皆それぞれに地元の山に愛着を持っている。

その魅力はやはり体感してこそだと思う。中でも天の大上りの神秘性はピかイチだ。最終日に神を神社にかえす奉納の儀式のことである。神社までの長く急な上り坂は山を落としてはならず、担ぎ手は一度も休まずに最後まで登り切って奉納せねばならない。200年間落としたことがないという伝統と歴史を背負い、大山笠だけでなく青年山笠も一気にのぼりきるのだ。また、大上りの時のお囃子は独特で、坂をのぼっていくごとに変性意識状態へといざなわれていく。残念ながら担ぎ手は男と決まっており、私が男だったら絶対担ぐのになぁと思ったものだ。しかし、担ぎ手だけでなく山笠を見に来た人たちは、リズムと掛け声に合わせて手を敲き、ヨイトサー!と声をださずにはいられなくなるのだから不思議なものだ。

ともかく私たちは祇園山笠が大好きだったが、実家を離れてからはお盆に帰省することが殆どで、7月に末の戸畑祇園に参加することはなくなっていた。しかし、去年の7月の末に祖母が他界し、その一周忌を機に今年は久しぶりに、そしてわが子たちは初めて戸畑祇園山笠に参加した。日中は猛暑の中、お菓子や、お弁当を励みに、人形山笠をひっぱり寄付をあつめてまわり、晩からは浴衣に着替えて提灯山を見にいくのだ。私がよく遊んだ公園から出発し、母校である小学校でお弁当を食べ、結構な距離を何時間も山を引いてあるく。そういえば山の音を聴きつけて、汗だくで山を引いている私に祖母がチューペットの差し入れをしてくれたりしたなぁ・・・と本当に懐かしかった。かれこれ30年以上も前のことだが、今も変わらずお世話をしてくれる人たちがいて、子ども山笠を運営する寄付も集まり、ひっぱる子どもたちも異常な暑さにもまけず、囃子方も、花の御礼も今や子どもがリーダーシップをとってすすめるようになっており、その継承に感動させられた。年齢的には幼いわが子たちはいろいろな大人に「頑張れ〜!」と声をかけられ、ときには「大丈夫?」と心配してもらい、地域の力、市民性を肌身で感じさせてもらった。暑い中頑張って子ども山笠をひっぱっている子もお世話をしている方々も、親なりが提灯山笠に何らかの形でかかわっていて、子どもはそのかっこいい姿をみているし、大人も自分たちもお世話してもらったから今度は自分の番と言ったバトンの受け渡しのように行われているそうだ。そこにはいい伝統であり魅力的な行事であるという実体験があり、いいものを残していきたいという想いや使命感のようなものがあるのだろうか。便利で快適でまた刺激的なモノに溢れる時代であり、人との直接的な関係や面倒なことを嫌うバーチャル世代であっても、30年前と変わらぬやり方で、人が集まり、むしろ活気づいていて、なんだかとても嬉しくあたたかい気持ちになった。梅代おばあちゃんもまたあの文具店の角に見に来ているかもしれないなぁ・・・そんな思いにかえらせてもらった戸畑祇園だった。

(2013年8月)