スタッフエッセイ 2013年7月

思春期の山を乗り越える

西 順子

思春期は疾風怒濤の時代と言われる。疾風怒濤はドイツ語「シュトルム・ウント・ドランク」の和訳で「嵐と衝動」を意味するが、思春期は嵐のように感情や衝動が吹き荒れる。話しかけてもブスっとするし何を考えているかわからない、ツンケンして扱いにくい、最近やたらと反抗的・・など、思春期になった子どもの姿に、親や教師、周囲の大人は「子どもが変わってしまった」「どう関わっていいかわからない」と頭を抱えてしまうこともあるだろう。でも、思春期の子どもたちのエネルギーは生きるエネルギー。思春期に「自分とは何か」を確立していく過程で、生体に備わったエネルギーが自然に発現していくことは、すごいことだと思う。

ただ、「思春期の危機」「思春期の心の闇」と言われるように、子ども自身も苦しみ、葛藤し、悩む時期。この時期、葛藤するさまざまな感情を理解し、どの感情をも否定することなく受けとめられるよう、声なき声に耳を傾けることが必要である。葛藤を回避すれば、感情は消化されないまま抑圧され、あるいは解離され、心の奥に閉じ込められてしまうだろう。そうなると、本当の声はますます聞こえなくなってしまう。

危機は「機会」でもある。思春期から青年期は、子どもから大人へと脱皮して「自分らしい」アイデンティティーをつくっていく重要な時期。この大切な時期を、コミュニティにいる周囲の大人たちが互いにつながり、見守りあい、子どもたちと向き合い、子どもたちの成長を支えていくことができればと願っている。

・・と、日頃感じていることを書いてみた。不登校や摂食障害など思春期の子どものことに関心を持って、早25年が過ぎた。いじめ、性暴力被害、DVの目撃など、トラウマを受けた子どもとも出会うが、時代が変わって子どもたちの遊びや好きな趣味は変わっても、子どもが持っている力、レジリエンス(生き抜く力)が素晴らしいな・・と思うことには変わりはない。誰にも生き抜く力、エネルギーが備わっている。

私自身も思春期の頃を振り返ると、自分らしさを模索して夢を見たり、親との間で自立と依存の葛藤にもがきながらも、自分の未来を切り開きたいなと七転八倒していたことが懐かしく思い出される。その頃の自分が愛おしい。

娘もまた疾風怒濤の時代を経て、ようやく落ち着いてきたかな・・という今日この頃だが、今思えば、その時期があったからこそ、親として子どもから学び、気づかされ、成長することができた・・と子どもに感謝している。

思春期の子どもたちに、子どもを支える周囲の大人にもエールを送りながら、子どもが思春期の山を乗り越えて、自分らしい道を発見していけるよう、これからも応援していきたい。

 

(2013年7月)