スタッフエッセイ 2013年7月

安田裕子

小さな苺柄の、身体より少し大き目のレインコートを、長い袖丈は袖口まで丁寧に折り上げて、前ボタンは上から下までとめて、フードを目深にかぶり、赤い持ち手の傘をギュッと握って、マンションの階段の踊り場にたたずむ1歳と8ヶ月の私。空模様は、曇りか晴。昔の写真は少し色あせ、そのときのお天道様のご機嫌は定かではないけれど、少なくとも雨ふりではない様子。写真のそばには「雨がふらないかなあー。レインコートと傘、用意しているのに!」という、アルバムを作った母が記した、私目線の言葉が添えられている。まっさらでめずらしいものを身につけて、嬉しくって、雨のなかを探検したくてしかたがないような、そんな表情。幼い頃のアルバムのなかにおさめられている、一枚の写真から。

一方で、てるてる坊主を作っては、あ〜した天気にしておくれ〜♪と願うことも、多くの人が経験したことかもしれない。丸めたティッシュをもう一枚のテッシュで包み、輪ゴムでしばってつるすための糸をつけるような、簡単なてるてる坊主。いつしか、顔を描くと雨がふる、という説も知るようになったが、目をサインペンでグルグルと書き込んで、軒下にぶら下げる。雨の神様か晴れの神様か、誰に頼んでいたのだろうか。とにかく、お願いします!と願いを込めて。効き目はいかほどだったか、あまり記憶にはないけれど。

義妹(いもうと)からの、姪に関するエピソード。新しい雨靴を買ってもらった姪っ子。お母さんのお迎えを待って、保育園から家路につく雨上がりの道。そこここにある水たまりにバシャバシャ入っては、キャッキャと楽しそうに。新しい遊びを覚えたよう。水たまりと戯れながら帰ること、自宅までにかった時間はいつもの4〜5倍だったとか。そんな話を母づてに聞き、雨にまつわる思い出を、少しばかり、懐かしく。

天候とともにある生活、それは今も変わらない。新聞やニュースの天気予報から、今日は傘がいるのかいらないのか、着る服はどうしようか、と。雨の跳ね返りや、湿気が増すことを考えると、日常生活では、ついつい雨をワルモノにしてしまったり。

生きていると、雨の日もあれば晴れの日もある。雨に見舞われると、ちょっとウツウツするかもしれないけれど、雨を防御する方法だって、雨を楽しむ方法だって、きっとある。豪雨に見舞われると、やっぱり大変だけれども、雨ふって地固まったり、恵みの雨となることも、きっとあるだろう。雨もいいものだな〜と思う気持ちの余裕をもったり、雨降りを味わったりしながら、ぼちぼちいけるといいかもしれないな♪

 

(2013年7月)