スタッフエッセイ 2013年5月

共通認識

前村よう子

ここ数年、社会科の中でも世界史を担当する機会が増えてきた。古代史から現代史に至るまでを、1年間2単位(週に2回)の授業で大雑把に伝えねばならない。

本当は、じっくり詳しく話したいところは多々あれど、2年間から3年間にわたって週に3〜4回の授業時間があり、細かいところまで説明できる日本史と異なり、多くの私立高校では世界史を「受験シフトではなく、教養として伝える」にとどめている為、サラッと大雑把に、しかもあちこちすっ飛ばしての授業となる。

しかも「同学年の授業は、全クラス同じ範囲で」がモットーの学校では、自由裁量の幅が狭く、

「ホンマは、ここを教えたいんやけどなぁ〜」

という部分をパスせねばならないことが多々発生する。

そんな日々の中でも、できる限りエピソードをたっぷり入れて話そうと思うのだが、最近は、エピソードの入口で足踏みすることが増えた。原因は、共通認識が少なくなってきたことだ。

たとえば、30代から60代は、「フランス革命」について詳しい知識を持っていると思われる。それは漫画『ベルサイユのばら』の影響だといえる。

また、30代後半以上は、江戸時代の風物について詳しい。幼い頃からドラマの「水戸黄門」や「遠山の金さん」等のチャンバラものや「銭形平次」を始めとする捕り物帳ものに慣れ親しんだ影響であろう。NHKの大河ドラマの影響で、戦国時代や幕末に詳しいということもある。

今はこうした世代の共通認識ともいえるものが少なくなってきたなと思う。するとこれまで「特に説明しなくても、すぐに話の本題に入れるな」と思って端折ってきたことから、しっかりと説明せねばならなくなったのだ。

たとえば、

「古代オリエントを統一したアケメネス朝ペルシアが・・・」と話していたら

「先生、アケメネスって、やっぱり女の人?」
「アケメネスが苗字で、ペルシアが名前やん」
「外国の人やから、名前と苗字は逆やん」

と冗談抜きで質問があちこちから出てくる。

「プトレマイオス1世が・・・」と話していたら

「じゃあこの人は、プトレマイオスが苗字で、1世が名前?」
「え?これって名前なん。国名じゃないの?」

「ミロのヴィーナスが・・・」と話していたら

「あー、それ知ってる。ミロさんが作ってんやろ」
「違うで、ヴィーナスさんが作ったミロやんか」
「じゃあ飲めるの?」

・ ・・決して授業妨害をしているのではなく、茶化しているのでもなく、生徒は本気で疑問に思っているのだ。

共通認識となるようなドラマや映画がなくなった分、説明時間は増えたものの、自分の頭の固さと生徒の発想力の豊かさのギャップににんまりする今日この頃だ。

 

(2013年5月)