スタッフエッセイ 2013年3月

神の子どもたちはみな踊る

渡邉佳代

村上春樹の短編小説集に『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)がある。1999年8月から12月にかけて、「新潮」に連載された5つの短編に、書き下ろしの「蜂蜜パイ」を加えた短編集である。1995年の阪神・淡路大震災をテーマにした短編集だが、それぞれの主人公たちは直接その震災を経験していない。震災そのものの描写もなく、震災後に人々の心の中で何が起こったかをテーマにしている。

震災の報道に映し出される崩れ落ちたビル、炎に焼かれた街、切断された鉄道や高速道路の映像を通して、登場人物たちの心の奥深くに沈潜していた闇の部分が、震災によって崩壊した街の風景と呼応し、共振していく。当たり前にそこにあると思っていた日常が、圧倒的で理不尽な出来事により、脆く崩れ去ってしまうこと、自分が依って立つ場所が確かなものではなかったことを知り、否が応でも自分に内包された闇の部分に突き動かされて、ストーリーはそれぞれに展開していく。

それぞれの登場人物たちの心の中で何かが崩れ、破壊され、闇と対峙し、その後に何かが再生されていく予兆を感じ取りながら、物語は絶望とも希望ともつかぬ終わりを迎える。見方によっては、登場人物たちは精神の危機を経験しながら、自分自身の生のスタートラインにようやく立ったというような印象も受ける。

東日本大震災から2年が経った。世界中の誰もがまさかと思うような規模の災害であり、また今も原発の問題は続いている。私の故郷は福島との県境に近いところにあり、東北には親戚も、故郷の同級生も多くいる。なのに、FLC関係で書き綴ったものを今、読み返してみても、自分がこれまでに震災について全く触れてこなかったことに改めて気づく。

私自身を振り返った時、この2年間は深い霧の中にいて、自分のことで精一杯だったように思う。震災の前後にマンションの水漏れから立て続けに3回も引っ越しをして、震災が起きたのは最後の引っ越しを明日に迎えた日だった。水漏れから天井を崩して瓦礫の山になった部屋と、徹夜で梱包作業をした散乱した部屋、そして梱包作業をしながら夜通しでつけっぱなしにしていた震災の緊急速報が、今でも自分の中でオーバーラップする光景である。文章にすると言葉は何でもない石のようになってしまうが、その時に自分の中で何かがゆっくりと突き動かされるような感覚があった。

最後の引っ越しの際にアナログテレビを処分したまま、新居にはテレビを用意していなかったので、私はそのまま震災の様子をテレビで見聞きすることはなく、ただ人々から伝え聞いたことと、パソコンのニュースでしか震災の情報は入らなかった。そのまま4月に入り、新しい職場が増え、この2年を夢中で過ごしてきた。

当初は引っ越しの疲れと、新居や新しい職場環境への変化といった負荷が急激にあったからなのだろうと思っていたくらいだった。以前より疲れやすくなった自分へのケアを意識的に行ってきたが、何とか自分の立ち位置を守ろうとしている感覚は2年経ってもあり続け、さすがにおかしいと思い始めた。些細なことで落ち込んだり、傷ついたり、疑心暗鬼になったりして、何故こんなにも自分は脆くなってしまったのかと思ったこともあった。

一方で東北のことは気にかかっていて、人から見聞きしたり、自分で調べたり、幸運にも立命館大学応用人間科学研究科の東日本家族応援プロジェクトに携わらせていただき、一昨年と去年には岩手の遠野・大船渡・陸前高田と宮城の気仙沼、そして福島を訪れた。昨年は他の仕事で仙台を訪れた際に、自分で閖上港や仙台空港周辺の沿岸部を回った。機会があれば、震災の催しやシンポジウムにも参加してきた。沿岸部の復興や今なお続く避難生活、原発の問題などに胸が痛むが、それでも力強く生きていく人たちや現地の子どもたちの笑顔から元気をもらってきた。

この数日、急に春めいて、地上の大気が柔らかくなり、日差しがベールを1枚剥いだかのようにくっきりとして街を包み込むようになった。通勤途中に、甘い土の匂いを含んだ春風に曝されながら、ふと、自分はこの2年間で自分の中の闇と対峙してきたのかもしれないと思った。「してきた」というよりは、現在進行形の渦中なのだろう。思えばこの2年、戦争トラウマのこと、元の家族のこと、今の家族のこと、これから自分がどうあるかということを、たくさんの人に支えられながら模索して取り組んできたではないか。

柔らかくなった地表に噴き出してきた闇がどんなものなのか、まだ全体像は見えていない。ただ、自分が今感じているしんどさを環境や人のせいにするのではなく、自分自身に傷つきがあると認めることから回復は始まることを私は知っている。震災と自分に起こったことを安易に関連づけるのは不適切ではないかと書き綴りながら懸念する一方で、震災から私と同じような思いを持って自分の問題に真摯に取り組んできた人たちを知っている。

自分が今いるところに気づいたことで、自分を取り巻いていた霧が少し薄くなり、周りがほんの少しだけ見えてきたような感覚がある。自分自身の傷つきや闇、問題を大切に扱いながらも、自分を閉ざさず、自分にできることで社会につながっていく臨床家でありたい。今年も東日本家族応援プロジェクトや、南京でのアルマンドのワークショップが予定されている。1つひとつ丁寧に向き合い、自分を大切にしながら、今、自分にできることに取り組んでいきたいと、春の柔らかい日差しの中で思った。

(2013年3月)