スタッフエッセイ 2013年1月

応援歌

安田裕子

自分のことなのに、いや、自分のことだからこそ、よく見えなくなってしまうことが、よく見えなくなってしまうときが、ある。イヤハヤもう考えないでおこう…、それもひとつの手であるけれど、奥の方に押し込めてしまうことが、単なる解決の先延ばしでしかない場合もあったり。考えないでおこうと思えば思うほどに、頭から離れなくなるという悪循環に陥ったりもする。かなしいかな、出口のない、グルグル思考のスパイラル。

そんなときに私がとる方法として、それでもトコトン自分に向き合う、というのがひとつ。ズンドコ、いや、ドンゾコまでいくと、自然と浮上してくるしかなくなる、という心理機序か。状況によってはいくらかキツかったりもするが、結構強くなって這い上がってこれるような、そんな気もする。私としては、大事にしているやり方。ただ、もうひとつ、いったん自分のことから距離を置き、他者に目を向けてみる、という方法も、わりといい。

他者の存在は、新たな視点を得るうえでの助けとなることが多い。ことばを交わす何気ないやりとりのなかで、自分とは異なる考え方を知る機会を得ることがある。あるいは、自分の経験や感情を、他者—信頼でき安心できる相手である必要があるが—に向かって口を開けば、自分自身が勝手に思い込んでしまっているようなことを、意味づけし直してくれることがある。こうしたことを通じて、自分にとって新たな価値観に触れたり、異なる見方を得たり、違った立ち位置に立ったりすることが、できるようになることがある。そして、そびえ立つ壁が崩れていくような、あるいは、暗雲が一挙に晴れるような、そんなメンタリティになれることがある。

他者にことばをかけられなくても、他者の行動や立ち振る舞いを目にすることによって、なんらかのヒントを得られることもあるだろう。他者の生きざまをお手本にして、あるいは、他者の言動からなにかを学びとり、自分の捉え方をリフレーミングしたり、世界の見え方を変えていくことだって、できる。

いずれにしても、切り替え転換していくのは、自分自身である必要があるのかもしれない。それはある種、たたかいのような営みではある。しかし、いやそうであるからこそ、そうした状況において、重要な他者—内なる他者も含む—が存在していることの意味は、大きい。

宛先となる他者について、かならずしも、自分よりも年齢を重ねている相手でなくてもよいだろう。たとえば、子どもたち—自分の子どもに限らない—の生きる姿を目にしたり、接点をもったり、養育や教育に関わり伴走することを通じて、自らの子ども時代を振り返り、再体験し、過去に歩みを進めてきたそのときどきの思いや感情が、きらめきのシーンとともに思い起こされる、ということがある。そして、良いこともそうでないことも含めて、これまでの自身の生きてきた軌跡を、愛おしく思うことがある。そんなとき、フワッと温かいような優しいような気持ちになり、落ち込んでいた自分に、いくらかの元気や勇気や励ましを与えてもらえたような、そんなところに辿り着けるときがある。

また、子どもたちの生に触れることを通じて、転じて、両親や先生、親戚や近所のおじさんやおばさん、職場の上司など、自分の生い立ちに思いやりをもって関与してくれた人びとへの感謝の念を抱き、同時に、そうした先達者と、年齢的にケアを提供する側に立ちつつある自分自身とを重ね合わせ、世代交代の局面に立っていることに背筋が伸びる思いになることがある。そして、そうしたピリリとした緊張感から、光の見えない暗い迷い道から自ら抜け出そうとするエネルギーがふつふつと沸き起こるような、そんな気持ちになることがある。

見えなさやできなさが自覚されないときは、そもそも、落ち込むこともないだろう。眼を見開こうとするからこそ、新しいことにチャレンジするからこそ、壁にぶち当たったり、暗雲が垂れ込め、前が見えなくなったり、自分のできなさを突きつけられたりする。しかし、そうした状況はむしろ、これからなにかを新しく開いていく、未知数の転換点でもある。

他者とさまざまに関わりをもち、自分自身に向き合い、過去を振り返り未来を展望することを通じて、自分を信じ尊重する力を、前を向いて眼を見開いていく勇気とアンテナを、粘り強く挑んでいくエネルギーを、活性化していくことができるように思う。生きる世界を広げていこうとすればするほどに、かえって、見えなさやできなさに直面することになるのかもしれない。しかしそれでも、怖気づいてしまうことなく、萎縮してしまうことなく、必要ならばやすみながら、納得するまでやり抜いて、それでダメなら切り替えて、笑いを絶やさず胸を張り、歩みを進めて行けばいい。

(2013年1月)