スタッフエッセイ 2012年11月

それでも行きつくところ

安田裕子

アメリカ南東部ジョージア州への、一週間程度の出張。成田経由であったにせよ、日本と現地との直通便。トランジットがないため、途中の待機時間はもちろん、アメリカ渡航で乗り継ぎした場合に必須の荷物の受け取りもなく。楽々の旅、のはずだった。

ところが往路のフライト。飛行機に乗り込みシートに着席するも、エアーコンディショナーが不調とのアナウンス。確かにモワッと暖かい空気が。その後、空へと飛び立ったのは、2時間後。やっとのことで動き出した飛行機にやれやれと思いながら、隣席のひょうきんなペルー人の紳士につられ、笑顔を向き合わせガッツポーズ。

そこから十数時間の空の旅。アトランタの飛行場に降り立つも、なかなか機外に出ることができず。まだかまだかとじれったく思っていると、タラップまでの距離が足りないというアナウンス。頭上の棚から荷物を取り出し待ち構えているわれら搭乗客を、もう一度座らせて走行すること再び。やっとのことで機外に出るも、世界一広いというアトランタの国際空港、仕事先のアセンズの地に向かうヴァン乗り場に行き着くまで、思いもよらない距離。事前に得ていた案内文を頼りにすれば、むしろ到底行き着けないという構造。しかし、偶然同じフライトだった同業の先生とばったり会うことができ、ご一緒させていただいて、なんとか乗り場に辿り着く。この時点で、予約していたヴァンの出発時間には到底間に合わず。しかも、予約と待ちとで込み合うヴァン。まあゆっくり行くしかない、一息つきましょうと食べたダンキンドーナッツのかぼちゃマフィンの、美味しかったこと。その後、予約時間から3時間後にヴァンに乗り込むことができ、暗闇の田舎道を2時間走って、アセンズのホテルに無事?到着。

数日滞在後、アセンズからの帰り路。アトランタの空港に到着後、至近距離だけど歩けないという空港ホテルから迎えにくるはずのバスを、吹きすさぶ冷たい風のなか待つこと1時間30分。これは凍える…、とホテルに電話をかけ、乗るバスの種類を今更ながらに特定。最初からそのように案内しておいて…という感じだったが、まあひとまずは安心。やっとのことでホテルにチェックインし、冷え切った身体を、アメリカンサイズの大きなバスタブで暖め、ホッコリ生きた心地を取り戻す。

翌日、復路のフライト。搭乗を待つ間に、2時間30分の遅延が判明。もしかして、成田から伊丹に向かうフライトに乗り損ねること必至? まあ仕方がない。とにかく待つのみと、発行されたミールクーポンでナッツたっぷりのタルトを食し、かなりご機嫌になる。飛行機は結局4時間の遅れで出発し、成田に到着するが、案の定、伊丹への最終便はすでに飛んでしまっていて、その日は成田のホテルで一泊。やれやれ。翌日、関西に辿り着いた。

これまで、フライトのトラブルにはあまり遭わない方だった。飛行機はおおよそ定刻に発着するものだと、ずいぶん長い間思ってきた。が、ここ数年で、私のなかでのそんな常識も、すっかり覆され、塗り替えられることとなった。今回の復路はとりわけ、アメリカ東部を襲ったハリケーンの影響があったのかどうか、ということもある。しかしいずれにせよ、そもそも空の旅はこんなものなのかもしれない。そんなふうに考えると、どんなことでも結構楽しくなってくる。言っても些細なトラブルでしかない。実際、緊張やドキドキも、驚きや喜びや安堵感も、人との出会いと触れ合いも、美味しいラッキーも、すべて不測の事態があってこそ。仕事に大きく差し支えのないスケジュールや、事後対応が可能な状況さえ確保できれば、どんなことも、有り難い貴重な経験。

旅の非日常性はそれにとどまることなく、私にとって、日常に返っていくものである。旅を通じて感じ考えることは、生活や人生になんらかのヒントを与えてくれる。旅先では、普段よりも、思いもよらない事態に直面する可能性が高い。しかし、それでも最後はちゃんと、あるべきところに行き着いている。こうした経験の積み重ねは、私にとって、ドシンと腰を据えていけるような強さとなっていく。

人が生きる道すがら、なにかの折節に、大なり小なり迷いや戸惑いや困惑などがあることだろう。場合によっては、もうどうしようもないと感じずにはいられない困難に遭遇してしまうこともあるかもしれない。しかし、人との出会いなどがその経験になんらかの興を添えてくれながら、結局は、あるところに辿り着いている。もしかしたら、最初の目的地として想定していたところとはいくらか違うところであるかもしれないが。そんな現代を生きられていることの有り難さを噛みしめて、進んでいければと思う。

(2012年11月)