スタッフエッセイ 2012年7月

お泊り保育♪

おだゆうこ

今月、年長さんの年にあたる長女のお泊り保育があった。親子ともに初めてのお泊り保育であり、準備段階からドキドキワクワク、楽しみにしていた。親から離れて子ども達だけで泊まるという(実際は別室に先生と保護者も数名とまっているが)ビックイベントに向けて、子ども達だけでなく、園も親も準備をするのだ。

保育園では、先月からお泊り保育に向けてのミニキャンプやカレー作り体験が行われた。当日の宿泊先である山岳センターにデイキャンプという形で出かけ、施設の見学をしたり、周りを散策したりするのだ。そこでお泊り保育にはかかせない“不思議な存在”との出会いがまっている。滝をのぼった帰り道、行きにはなかったマフラーとお手紙を発見!それは、「みんなが年長さんになったときからずっ〜とみんなのことを見ていて、お友達になりたい」という“もりのかくれんぼ”からのお手紙だった。その日は保育園にお迎えにいくと、みんながみんな、代わる代わるに、“もりのかくれんぼ”からの手紙の話をしてくれた。その目の輝きと興奮と言ったらまぁ大変なものでした(笑)。

それからしばらくして、また“もりのかくれんぼ”から手紙が届き、今度は「マフラーをしらないかい?持っていてくれたなら園までとりにいくから、一番高いよくわかるところに置いておいて・・・」というやり取りがはじまり、お泊り保育の日ついに、夜のお散歩でもりのかくれんぼに対面することになる。28人全員が班のメンバーと励まし合いながら、一人ずつ暗い道を勇気を振り絞って“もりのかくれんぼ”に会いにゆき、一人一人メッセージと贈り物をもらってみんなのもとに帰ってくるのだ。

こうした“不思議な存在”からもらった力や勇気に支えられ、お泊り保育をやり遂げる。そして、その日から卒園に向けてのビックイベントを子ども達は“もりのかくれんぼ”に力をもらいながら一つ一つ達成していくことになる。

親は親でそうした子どもとともに心の準備と現実的準備をはじめることになる。一昨年前までお泊り保育は、園の行事であったが、昨年に保護者との共催となり、今年からは保護者主催へと移行した。その背景には、市との合併によりこれまで地域独自の保育方針を維持してきた園と支援を一本化しようとする合理的な市の方針とのせめぎ合いがあったようだ。

保護者主催となったときに、どこまで園がやってくれるのかという不安が保護者におしよせる。そもそもお泊り保育には子ども達に経験させてあげたい、お泊り保育だからこそできる保育のねらいと目的がある。そのためのストーリやプログラム内容を保護者が請け負うには当然無理がある。実際は、園も先生方も子どもたちに経験させてあげたいという気持ちを強く持っていてくださり、園が計画をしたものを保護者が裏方として手伝うこととなった。具体的には、お泊り保育行事だからできる自然の中でのダイナミックな遊びを見守ると大人の手、物資の運搬、必要品の回収と買い出し、食事の準備、お風呂の介助などである。

今年のクラスは保護者の団結力が強く、クラス役員もあざやかに決まり、お泊り保育のお手伝いもほとんど全員の保護者が参加することになった。園からも調理器具の貸し出しと洗浄や運搬などできることは請け負って下さり、子どもたちのお泊り保育の成功に向けて惜しみなく協力してくださった。しかし、保護者共催ということは、保護者が協力できないという方向へ傾けば、この協力体制の均衡はくずれ、お泊り保育はなくなってしまうことを意味する。現に、その他の市立保育園では実施されなくなってきているとも聞く。

私自身が子どもを通して、また親として実際に関わる中で、子どもが親元から離れて、一人で泊まるという経験は、子どもにとってはもちろん、親の子離れにおいても貴重な機会とになると感じた。私は夕食の買い出しとカレー作りを担当したが、母親たちと共同作業をしながら、子どもの朝からの様子や、家庭の話などをあれこれできたのは楽しく良い体験だった。多くの人はお泊り保育ではじめて親元から離れて泊まることになり、親は親で「大丈夫かな?」と思ったりしながら子どもを「いってらっしゃ〜い!」と送り出しているのだ。そして、親同士で親の不安や寂しさを分かち合い、裏方として手を出さず子どもたちの成長を見守っていく大切さを体感するのである。

家庭を中心に成長してきた子どもが、親の手を離れて社会に向かう通過儀礼と言えるお泊り保育を、子どもを中心とした園(社会)と保護者の共同作業でやり遂げるというのは、今後の子どもの成長に大きな意味をもたらすように思う。お泊り保育の目的とは逆行するように、保護者主催になってきた社会の子育て意識に危機感を感じつつ、社会と保護者のどちらかの都合によって子どもの(親子の)大事な成長の機会が奪われないよう心から願っている。そして親でもない先生でもない“不思議な存在”が子ども達をずっと見守っているんだよという力が、これからも子どもたちの中に宿っていきますように・・・。

(2012年7月)