スタッフエッセイ 2012年7月

ボストン・トラウマセンター研修に参加して

西 順子

6月26日〜6月29日まで、アメリカのマサチューセッツ州ボストン郊外にあるトラウマセンターでの「発達途上のトラウマを受けた子ども達への最新治療研修」に参加、7月1日に帰国したところである。帰国して2日たったが、まだ余韻を感じつつ早速臨床の仕事に戻っている。「鉄は熱いうちに打て」ではないが、学んできたことをぜひ伝えたいという思いが残る研修だったが、まずはこのエッセイで、今感じていることを書き記しておきたいと思う。

ここ数年、戦争によるトラウマの問題に関わるなかで、中国からスタートして、韓国、インドネシア、台湾とアジアの国々に行く機会をもつようになった。日本から離れて外国に身を置くことで、日本で暮らしていては当たり前と思っていることが当たり前ではないと、自分を相対化して見る機会となり、それはとても貴重な体験となった。特に中国でのHWHワークショップに参加するなかで、日本人としてのアイデンティティについて改めて意識する機会となった。それは日本人としての責任性である。

そしてまた、この研修でも自分を相対化して見る機会となった。私が気づいたのは、心理臨床家としての責任性である。

今回アメリカ訪問は初めて、しかもトラウマ研究の第一人者とされるヴァン・デ・コーク博士が設立されたセンターを訪問してお話を聞けるということだったので、ドキドキワクワクした興奮と緊張、期待する気持ちでいっぱいだった。

研修では、コーク先生のお話をトップに、センターのスタッフ6名からお話を聞かせて頂いたが、まず、コーク先生のお話を聞いて印象に残ったことは、「闘っているのだ」ということだった。私にとっては雲の上の存在のような権威ある偉い先生というイメージであったが、雲の上ではなく、トラウマ研究者として、今現実の世界で、トラウマを受けた子どもの役に立てるよう、闘っているのだと胸に響いた。現段階では、発達途上でトラウマを受けた人達の診断名がない、今の診断名では子どもにとって悪いものになっていると研究を行い、「発達途上のトラウマ障害」という診断名をDSM-5(精神疾患の分類と診断の手引き)に提案している。もちろん、この診断名は科学的に調査されたもので根拠があると言う。その研究調査に基づき、50州の賛同を得て働きかけを行っているというようなことだった。でも壁があるとのこと。また、薬に頼らない治療として、トラウマをよくするためには何が大切か、とてもわかりやすくエッセンスをお話下さった(それは治療にかからない人達にも役立つもの。ぜひまた紹介したい)。

コーク先生だけではない、お話下さったスタッフ(サイコロジスト、ヨガの先生など)の皆さんも、それぞれが研究をなさっていた。実証的な研究をして、きちんと評価を出している。トラウマ治療の新しい枠組み(ARC理論=愛着、自己調整、能力)も2003年に出来て、改訂をくわえながら、現在ではこのARC理論に基づく治療施設(日本で言うところの情緒障害児短期治療施設)での取り組みも行われている。施設見学もさせて頂いたが、理論的枠組みに添った施設でのケアが行われ、また施設をでた後は地域へと引き継がれていく流れを作っておられる。つまり、一貫して子どもの目標に添った教育、ケアが提供されている。

社会、文化的背景の違いということはあるかもしれないが、まずは、トラウマに携わる臨床家の一人として、お話を聞かせて下さった皆さんのトラウマに関わる信念や姿勢、情熱、切磋琢磨する自己への厳しさ・・など、研究者、臨床家としてのプロ意識の強さを垣間見させて頂いた。

私自身は・・というと、切磋琢磨して自己研鑽する姿勢を保ってきたつもりであったが、研究という姿勢には欠けていたように思われた。研究者ではないが、それでも自分が実践していることを客観的に検証することは大事なことであると、今回の研修で改めて考えさせられた。それは社会に対する仕事の責任性でもある。批判されることは苦手だか、例え社会の批判に晒されたとしても、それを論証できるだけの理論的根拠や依拠する考えをもつということである。

一方で有り難いなと思うことは、私自身は研究熱心ではなかったものの、女性ライフサイクル研究所では、研究、臨床、予防啓発などコミュニティ活動が三位一体となって活動する場が与えられてきたことである。それは所長のポリシーでもあり設立当初より大事にされてきたものである。私自身は、研究が一番最後に後回しになってきたなと、そんな自分に気づくことができた。

数年前、中国から帰ってきたときも、自分の責任性に気づいて、自分がしっかりと地に足が着く感覚があった。今すでに仕事に戻っているが、地に足をしっかりと着けて臨床に向き合える感覚がある。研究の大切さを自覚して視野にいれながらも、よりよい臨床サービスを提供できるように切磋琢磨していければと思う。また、学ばせてもらったことを、社会に還元していければ・・と思う。

(2012年7月)