スタッフエッセイ 2012年6月

エルミタージュ(隠れ家)とエカテリーナ2世

桑田道子

先日、研究会で上京した折、大エルミタージュ美術館展に行ってきた。

乃木坂の国立新美術館は、5年前にオープンしたまだ新しい建物で、ガラスのブラインドのような壁が波打っていて美しい。常設展はない(所蔵作品をもたない)スタイルのこの美術館では、これまでも何度か興味ある企画展が催されていたので関心をもっていたが、今回ちょうどよいタイミングだったので、足を運んでみることにした。

六本木・西麻布というと…、大阪の人間には(私には)、ビルが立ち並ぶ都会+夜の大人の街のようなイメージがあるのだが、実際は青山公園や東京ミッドタウンなど縦にも横にも大きな緑に囲まれた街で、とても気持ちよい。今回はあいにくの雨で、美術館からの眺望は良くなかったが、天気が良ければ、館内での休憩もより気持ちよい時間だろうなと思う。美術館の2階には、ロビーから吹き抜けになっている不思議な空間にサロンドテがあり(3階には有名なフレンチのお店も)、ぜひ入ってみようと思っていたが、かなり並んでいる人が多かったので今回はあきらめ、絵画鑑賞に集中した。

オーディオガイドを借り、ゆっくり見てまわることにする。エルミタージュ美術館は、ロシアのサンクトペテルブルクにあり、ロマノフ朝の歴代皇帝の王宮が美術館として使用されており、その建物や近隣地区は世界遺産にも登録されているとのこと。

今回の展示は、そのエルミタージュ美術館の300万点(世界最大級の美術館といわれるパリのルーブルでも所蔵数は30万点)を超える所蔵作品のなかから、89点が選ばれている。そして、それらは16世紀のイタリア・ベネツィアを中心としたルネサンスから20世紀のピカソやマティスの現代的画まで、各世紀のキーワードとともに年代を追って観ていけるよう展示されていた。

16世紀=人間の世紀、17世紀=黄金の世紀、18世紀=革命の世紀、19世紀=進化する世紀、そして20世紀=アヴァンギャルドの世紀。(出品目録より)

各キーワードは私にはわからないが、艶やかな色彩と漆黒とが共存し、物語の挿絵のように想像上の一場面を表す宗教画の多い16世紀から、写実的になり、そのまま描くのはつまらなくなったのだろうか、大胆さや華やかさが加わり華美になっていくところに、抽象化が混ざり(日本でも人気のある印象派あたり)…と私の素人目にも美術表現の変遷を垣間見ることができ、面白い。私はルーベンスの「虹のある風景」が、美しい自然と泥臭い自然と人間とがひとつになっていて印象に残った。ちなみに夫はイケメンの天使が気にいったとバルトロメオ・スケドーニの「風景のクビド」が良かったらしい。

エルミタージュ美術館は女帝エカテリーナ2世のコレクションが土台となったそうだが、エカテリーナ2世はロマノフ朝の約300年の歴史のなかでも全盛期を制していたといわれる。これを機に、と世界史で習って以来の、「エカテリーナ2世」という女性の人生を調べてみると、彼女は16歳で皇太子と結婚するも、皇太子との間に愛情関係を築けず、別の男性との子をもうけ、生涯夫婦どちらもに愛する人が他にいる状況であったこと、皇帝となった夫からクーデターによって政権を奪取し、以後34年間、啓蒙専制君主としてロシアに君臨したことが様々な記録に残されている。

また、エカテリーナ2世が、文通相手のヴォルテールの日常(着替えシーン)を彼と同居していた画家のジャン・ユベールに描かせたというエピソードが、本美術館展のサイト(木谷節子氏のコラム)で紹介されている。エカテリーナ2世が集めた絵画には、どんな志向があったのだろうか。大国を前に、しっかり政治を司り、地位も名声も得ながら、一方で家庭や愛情に恵まれず、孤独や焦りと闘っていたのだろうか、と想像をはるかに超えることではあるが、一人の女性の生き様にも思いを馳せる。

絵の主題や筆使いからエネルギーを感じたり、目の前で表現されているもの「のみ」から感じ取れることを楽しむのもひとつだが、描かれた時代背景、画家の人生、そして今回ならばそれを手にいれた収集家の人生…、そういった背景をつなぎあわせて絵を観る楽しみ方もいい。先のジャン・ユベールのように注文されて描いた絵も多くあるだろうが、「どうしてもこれが描きたい、たとえ評価されなくともこう描きたい」という情熱をより具体的に知りたい気がするのだ。私は子どもの頃から、あまり表現することへの欲求がなくこれまできたので、なにか、表現する情熱を感じたいのかもしれない。

この大エルミタージュ美術館展、秋には関西にも巡回予定とのこと。紅葉狩りがてら、秋の京都で16〜20世紀を絵画で辿るのも良いひとときではないでしょうか。

(2012年6月)