スタッフエッセイ 2012年6月

どこかで元気に

安田裕子

思春期、14,15歳の頃、高校進学に向けて同じ目標をもち、刺激し合いながら濃密な時間をともにした仲間のうち2人と一緒に、3人で久しぶりに食事をした。高校時代の思い出話、仕事のこと、家族のこと、近況報告、将来展望や夢など、よもやま話に花が咲いた。

2人のうち1人は、高校・大学と通して同じ学校に通い、喜びも、哀しみも、楽しいことも、辛いことも、たくさんの出来事と感情を共有し、時間と空間をともにしてきた同性の友人である。大学を卒業し、働き始めてからは、日々顔を合わせていた高校・大学時代とは異なり、どうしても、会って話をする機会は減った。しかし、年月の経過とともに、それぞれ選択し歩み進めてきた環境で経験を積み重ねるなかで、ともに振り返ることのできる大事な思い出を持ち続けながらも、共有する内容やそのやり方、互いの認識のしかた、励まし合い方など、少しずつ変わってきたこともある。変わらないことと変わりゆくことを、たわいもない会話のなかで確認し合える親友をもつことができているということが、とても嬉しい。

もう1人は、地域の同じ中学に通い、高校も同じところに合格したが、互いに、顔見知り程度の関わり合いを通してきた異性の仲間である。当時、思春期特有の照れや恥ずかしさがあったのだろう、お互い素直ではなかったねと、今となっては語り合える存在。これまでも、何度かあった集まりのなかで、関係の硬さやぎこちなさは少しずつほぐれてきてもいた。会う機会がそんなに多いわけではないけれど、長い時間経過のなかで、おすまししたり、時にライバル視さえしていたような昔の関わりが、今となってはもうすっかり笑い話。

高校生活、特に派手なことはなかったけども、私にとって、キラキラしたとても素敵な思い出深い時代。そんな時代を共有できる2人の仲間たちとの、心地よい時間。それぞれの具体的な経験はもちろん違うけれども、また、程度の差こそあれ縁遠くなった時期もあったけれども、同じ時空をともにした経験を共有し、なにかしら共通点をもつことができているような温かい感覚。それは、つながりのひとつのかたちなのだろう。そんなつながり感は、話をしながら広がってもいく。会う機会が作れないながらもやりとりを欠かさずにきた人、ひょんなことからSNSでつながった人、こうした集まりのなかで話題にのぼり近況を知った人、どうしているかなぁと3人で思い巡らす人。みんな、きっとどこかで、毎日を一生懸命に過ごしているだろうねと、ちょっぴり優しい気持ちになれる瞬間でもある。一方で、同年代で、若くして逝った人の話を耳にしたりもする。たくさんの偶然の重なりのなかで、今を生きていることを、そして、十数年経ってもこうしてつながり、時に会って励まし合える仲間がいることを、有り難く思う。

生まれてから今に至るまで、多様な場で、どれだけ多くの人と接点をもってきたことだろう。そのなかで、点としての関与から、親しい関係性に移行できる人の数は、たかがしれている。若い頃は、せっかく出会っても、付き合いが続かなくなることがあることを、残念に思うこともあった。それだけに、つながってくれる人たちを、大切にしていきたいと思う気持ちは変わらない。ただ、結果として点としての関わりに終わる人であっても、きっとどこかで元気にしてるよね、それで充分、と思うにもなった。こんなふうに思うようになったのは、歳をとった証拠かな。年齢を重ねるなかで、さまざまなかたちで、出会いと別れを経験したり、いのちあるものの生き死にに触れたり考えたりする機会があったことの影響も、きっと大きい。

秋に、規模が大き目の、高校時代の同窓会が開催される。冬にその企画の話を聞き、ワクワクしながらもまだずいぶん先のことだと思っていたけれど、もう初夏に突入。この時間感覚からすれば、次の季節の訪れもそう遠くはないだろう。3人とも、もちろん参加予定。個々人では消息を把握することができなくても、さまざまなネットワークのなかで、会の開催企画が口コミや電子媒体を通じて広がり、少しずつ参加予定者が増えているよう。なかなか会えなかった人と、お互いに元気を確認できる交差点のような場。その場に来ることができない人もきっといるだろうけど、話のなかで思いを巡らすことも含めて、色んな人との再会が、今からとても楽しみである。

(2012年6月)