スタッフエッセイ 2012年3月

マジョルカにて・・・

村本邦子

昨年、「雨だれ」を弾いていたこともあって、マジョルカ島に行ってみようと思った。マジョルカは、ショパンとジョルジュ・サンドが愛の逃避行を試みた地中海に浮かぶスペインの小さな島だ。と言っても、サンドは二人の子連れ、ショパンは結核で療養が必要な状態だった。当時、結核は不治の病と恐れていたため、人々の冷たい視線から逃れるように、彼らは山奥にあるバルデモサの修道院に暮らすようになる。「雨だれ」は、ショパンが、激しい嵐のなかパリから送ってもらったショパン愛用のピアノの税関手続きのために出かけたサンドを窓辺で待っているときに生まれた。1838年のことである。

バルデモサは美しい村で、ショパンとサンドが滞在していたカルトゥハ修道院には格調高い宗教性と芸術性が漂っている。こんなところに暮らしていたら、創造性がこんこんと湧いてきそうな気がする。そこには、ショパンの使っていたピアノが残っていたが、小さなかわいいピアノ。デスマスクと手も置いてあったが、ショパンの手は、とても小さかったようだ。修道院の隣には、初代マヨルカ王が息子のために建てたという宮殿があり、ここでは、毎日数回、ショパンのミニコンサートをやっていた。わずか15分ほどの間に、次々と曲を重ねていくが、弾いているうちに段々とのっていくのが感じられるのは生ならでは。

マジョルカには洞窟がたくさんある。なかでも、ポルト・クリストという港町の郊外にあるドラック洞窟は、全長2キロ。1時間ごとにガイドが案内してくれるのだけど、このガイドがすごい。カタラン語、スペイン語だけでなく、お客に合わせて、ドイツ語、英語、仏語、イタリア語を一人で自由に操るのである。鍾乳洞を下っていくと、地下湖として世界最大のマルテル湖がある。ここでコンサートがあるのだと聞いていたが、こんな暗闇でいったいどんなコンサートをするのだろうと訝しく思っていたら、想像を遥かに超える素晴らしさだった。

暗闇のなか、右手側から、柔らかなオルガンと弦楽器の音がかすかに聞こえ始め、ライトをつけたボートが三艘、漕がれて近づいてくる。そのなかの一艘で、3人の演奏家たちが音楽を奏でているのだ。ライトに照らされた湖の水面は透明なグリーンでうっとり美しい。「別れの曲」をはじめ数曲を演奏しながら、ボートは左手までゆっくりと進み、再び暗闇の中へと消えていく。残るボートに乗せてもらって地上へ出たが、まるで遠い夢の世界から現実に帰ってきたような錯覚を覚える。レベルの高い、なかなかの演出だった。

パルマからレトロな列車に乗って、通り過ぎていくアーモンド畑や小さな街々を眺めながら、1時間ほどでソジェールという小さな街へ。さらに路面電車に乗り換えて、ソジェール港まで出かけ、海辺のテラスでパエリアやカフェを楽しむのも気持がいい。最後になってしまったけれど、中心地、パルマの街もおしゃれだ。海岸沿いに大聖堂がそびえる。レコンキスタの後、1230年から370年かけて造られたというゴシック様式の大きな聖堂で、ガウディが改修に携っている。ステンドグラスが張り巡らされ、とくに直径12mもあるバラ窓から光が入り、カテドラルのあちこちに幻想的な虹色が映っている。ヨーロッパの数々のカテドラルを訪れたが、これほど美しいステンドグラスは初めて。神々しく厳粛な気持に満たされる。

マジョルカには、さまざまな要素が組み合わさって存在しており、まるで万華鏡のよう。静かに眼を閉じて、このイメージを胸に刻み、日常に湧き出る泉にすることができたらどんなに素晴らしいことだろう。

(2012年3月)