スタッフエッセイ 2012年3月

新しい春

長川歩美

この春、女性ライフサイクル研究所から独立して、自分の心理オフィスをもつことになった。あまり意識はしていなかったが、ふりかえってみると以前からその必要性は感じていて、何年かかけて少しずつ準備をすすめてきたように思う。オフィス自体は昨年4月に開業しているのだが、いざ研究所から独立するとなると、たまらなくさみしく,去りがたい思いになる。女性ライフサイクル研究所はとてもあたたかく、心地よく、エネルギッシュで尊敬できるスタッフと日常を共有できるコミュニティなのだ。

独立する必要性が生じてきたのは、自分のとりくむ仕事の方向性が精神分析と創造性のテーマに集約してきたことにある。精神分析的心理療法や精神分析では、一回45分から50分の時間枠を毎週同じ曜日・時間に固定して、一人の方と週に1〜4回ずつお会いする。面接の頻度が高いので、複数のカウンセラーが在籍する研究所で面接室を確保するのは難しい。自然な流れで、自分の心理オフィスをもちたいと思うようになった。そして実際に自分の心理オフィスをもってみると、今度は自分で開業しながら開業カウンセリングルームに所属していることに矛盾が生じてきて、独立を考えるようになった。

創造性のテーマへの興味のはじまりは前職に遡る。私はもともとレコード会社で音楽制作の仕事をしていたが、そこで出会ったアーティストの方々が、才能のある人ほど心の苦しみが深いように感じられ、それが心理学を志すきっかけになり、後に心の状態と創造の過程の関係に興味をもつ発端になった。

大学に編入して臨床心理学を学び始め、心の苦しみというものがいったいどこから生まれてくるのかということについて考えているうちに、世代間伝達や心的外傷のテーマにたどりついた。人には悲惨な出来事や環境を生き延びるために、その事態に適応できるような人間関係のパターンや心の構えを創りだす力がある。しかし、後に悲惨な環境から解放され、事態が落ち着いてからも、そのような人間関係のパターンや心の構えはかわらず機能し続け、かつてはその人を守ってくれていたはずのそれが、こんどはその人に苦しみや症状、困難な事態をもたらす元になってしまう。なぜかというと、悲惨な事態に適応していたやり方なので、意識しないでいるとその悲惨な状況に似た要素を探し出して自ずと組み合わさってしまったりするからだ。

何らかの理由でその人の自己治癒力、創造性がその活動を妨げるパターンや構えを無意識にとっている時、それはその人がかつて苛酷な環境をなんとか生き延びてきた努力の跡であるのだとはっと気づかされる。私がこれまでもこれからもやっていきたいことは、悲惨な状況に適応していた人間関係のパターンや心の構えの仕組みがどういったものなのかををその人と一緒に体験的にみつけていくこと、さらにその人が今後望む人間関係や環境がどのようなものなのかを模索して実践していくことだ。今現在、その人が苛酷な環境から解放されている、または逃れることができる状況にあるならば、それまでの適応の努力のパターンをその人がこれから望む環境に適合する方向に少しずつ変化するための場を提供し、一緒に取り組んでいくことができれば、私にとってこれほど嬉しい仕事はない。

ただし、その過程は必ずしも楽なものではないことが多い。身体の怪我や病気を治療する時に痛みや苦しみがともなうように、それまでの馴染みの人間関係のパターンや心の構えを変化させていくことには、たとえその変化がその人の望みであったとしても、少なからず不安や痛みをともなうものなのだ、とこの仕事をしていて実感する。もちろん、新たな喜び、楽しみ、面白みが生まれてくる過程であり、それらの生成を導くその人本来の創造性への尊敬の念が、私の活動の原動力となっている。

所長の村本にとても緊張しながら独立の話を相談したところ、「ごく自然なことだと思うよ。」との言葉。ご一緒しているピアノの連弾はこれまでどおり続けていくことになった。スタッフ一人一人からは熱い応援メッセージと別れを惜しむ言葉をいただいた。ありがたいことだ。いろいろなことを教えていただいたご恩に報いていけるよう、自分の仕事にしっかり取り組んでいきたい。

これまで女性ライフサイクル研究所でお会いした方々、インターネットやお手紙などで助言・応援してくださった方々、村本先生をはじめあたたかいスタッフのみなさん、尽きない感謝の気持ちをこめてお礼申し上げます。ありがとうございました。

(2012年3月)