スタッフエッセイ 2012年3月

愛犬元気

安田裕子

我が家では、犬を飼っている。犬種はパピヨン。パピヨン(papillon)とはフランス語で、チョウまたはガのことであり、チョウが羽を開いたような耳をもつのでパピヨンという。男の子で、その名は元気(ゲンキ)。「わんぱくでもいい、元気に育ってほしい」という、とある食品会社の30年程前のCMを思い起こさせるフレーズだが、そんな思いを込めて名付けた。

その愛犬元気が、先日、なんと、チョコレートを食べてしまった。チョコレートは、犬には決して食べさせていけない食べ物のひとつである。その直前に、チョコレートの入った箱をひっくり返してしまって、すべて拾ったと思っていたのが、ひとつだけ拾い損ねていたのだ。何も食べさせていないのに、元気がなぜか美味しそうに口をモグモグさせていて、口の周りが茶色くなっていた。何を食べているのかと思ったら、チョコレートの匂いがプンとした。

チョコレートに含まれるテオブロミンという成分は、犬にとって強い毒性があるという。おおよそ、小型犬で50g程度、中型犬で400g程度のチョコレートを摂取すると、犬はチョコレート中毒を起こし、消化不良、嘔吐や下痢、多尿、興奮、発熱、心拍数の低下、運動失調、けいれん、発作などの症状がみられ、腹痛や血尿、脱水を引き起こす場合もある。時には、昏睡状態から死に至ることもあるという。犬の体重1キログラムあたりの致死量は、250〜500ミリグラム、製菓用のチョコレートでは20〜40グラムになるとのこと。小型犬では、少量であっても危ないのだ。

私たちはかなり焦った。しかも、夜遅かったので動けない。とにかく、かかりつけの獣医に電話をして、詳細を話す。一番いいのは吐かすことだと伝えられるが、それはすでに試みていた。でも、元気は決して吐かない。口すら開けようとしない。元気にしてみたら、生まれて初めて口にする美味しい食べ物。それを奪われてなるものか!といわんばかりに、頑として口を開こうとしなかったのだ。

元気の体重は、3キログラム程度。食べてしまったチョコレートの大きさからすると、必ずしも症状が出る量とは言えないという。確かに大きなチョコレートではない。ちょっとホッとしながらも、でも、どんな症状が出るかは経過をみないとわからないという言葉に、緊張が走る。しかし、今後の経過をみるだけで何もできないのは、なんとも辛い。電話を通した質問攻めの状態から、こちらの焦りと緊張感と不安感を推し量ったのか、獣医は、元気の胃の中のチョコレート成分を薄めるべく栄養価の高いものを食べさせる、という対処法を提示してくれた。

私たちは、胃の中に食べ物が入る=テオブロミンの成分が薄まる、とイメージし、栄養価の高い犬用ミルクや元気の好きな果物やらおやつやらを、とにかく食べさせた。普段は食べる物を制限されている元気は、嬉々として、食べる食べる(笑)。できることはした、その後のことは、とにかく経過をみるほかないと自分たちに言い聞かせ、私たちは、ひとまず落ち着きを取り戻すようにした。

あれから一ヶ月。結果としてチョコレート事件は大事には至らず、なんともホッとしている。ちょっとひいてみてみると、自分もまたペットブームのなかにいるのだなと思ったりするけれど、やっぱり元気は大切な家族の一員。姪が生まれてからというもの、それまで一人っ子状態だった元気は、時に遊びに来てくれる姪をライバルと思っているようなところがあって、姪が来るとソワソワと落ち着かない様子をみせる。姪はまだ小さく、元気に示す興味をそのまま表現するかのように、親しみを込めて、しかし容赦なく、手を伸ばしてくる。元気にしてみたら、我が家での地位を脅かされるのみならず、姪の大胆な関わりに、恐れおののいている様子である。春先のこの数日間、姪がまた遊びにやって来る。チョコレート事件から一ヶ月、元気にしてみたら試練?がまたやってくる。

(2012年3月)