スタッフエッセイ 2012年3月

3月

森葺a代

長い冬にそろそろ別れを告げ、春に向かう準備を始める3月。3月に入ると、日差しのやわらかさや温かさに、ふと、春めいたものを感じ心が和む。

同時に道端では、芽を出したことさえ気づかなかった小さな雑草たちが、柔らかく小さな葉を広げだし、また背丈を伸ばし出す。こんなところにも、静かに、穏やかにやってくる春を見る。

地面を突き破り、力強く芽を出す球根。だれに気づかれることもなく、しかし、しっかり土の中で養分を蓄え、この時を待っていたのだろう。なんて力強い。

そして、晩秋きれいに色づいた葉を落とし、冬の間、枝だけになっていた木々に目をやれば、枝々は小さな小さな膨らみを育んでいる。それは、花芽であったり、葉っぱの赤ちゃんだったり。春の息吹を感じ、新しい春の訪れにわくわくする。

三寒四温を繰り返す気候の中、誰に教えられることもなく、誰に押し出されることも、引っ張り出されることもなく、春の草花たちはしなやかに、そして強く成長を続けている。

しかし、今年の3月。昨年起こった未曾有の大震災、2011年3月11日から1年が経つのだなと、誰もが祈る気持ちになることだろう。

突然襲う喪失感。私自身も、予期せず父親を亡くし、生後2日目で息子を亡くした経験がある。悲しみに沈み、希望を失い、それでもその間季節はめぐっていた。当時、いくつの春に気づかず過ごしただろう。

それでも、3月。毎年必ずやって来るこの季節。気づけば、新しい何かが始まる気配がそこにある。力強い生命力が、さまざまな可能性がそこにある。深い悲しみの中にある人に、どうぞ気づかれる3月でありますように。

自分自身とつながり、自然とつながることで人とつながり、さらに新たな希望とつながる3月でありますように。

(2012年3月)