スタッフエッセイ 2012年2月

牡蠣フライ

下地久美子

10年間、牡蠣を食べなかった。というのも、2回ほど続けて牡蠣に当たり、ものすごく苦しい目に遭ったので、それ以来、食べるのが怖くなった。その話を長男にすると、「俺なんか、何回も、カキに当たってるで。でも、美味しいのに食べへんのって損やん」と言われ、そんな人もいるんだと、驚いた。その言葉に背中を押され、恐る恐る1個小さめの牡蠣フライを食べてみた。結果は、なんともなかった。次に、2個食べてみたが、平気だった。その次、5個食べてみたが、まったく問題なかった。「絶対に無理」と思っていることでも、試してみると大丈夫なことってあるんだ〜と、ある意味、感動的な体験だった。

人は、つらい目に遭ったり、嫌な気分を経験すると、その場面や物を避けようとしがちだ。それは、ごく自然な反応であるが、苦手なことを避け続ける限り、前に進めないというのもまた事実だ。

私が、苦手と思って、避けているものに「講師」がある。子どもの頃から、人前で話すのが不得意で、授業中に手を上げられなかった。先生に当てられたときには、心臓がバクバクして、真っ赤になってしまい、しどろもどろになって答えるというのがお決まりのパターンだった。

学校の授業でさえこの有様なので、たくさんの聴衆を前に話すなんて、あまりにハードルが高すぎる。それでも、年に何回かは、講師のお話をいただく。関係上、断れないこともあり引き受けるが、どれほど緊張することか。せっかく声をかけてもらったのに、期待はずれで、「あの人に頼まなかったらよかった」と思われるかもしれない。終わった後のアンケートで「よくなかった」ばかりだったらどうしようと、どこまでもマイナス思考に陥ってしまう。

研究所の津村に相談すると、「私も、講演の前は毎回逃げ出したくなるよ〜」と予想外の答えが返ってきた。森崎も、「講師の前は、しょっちゅう遅刻する夢を見てびっくりして飛び起きるねん」と話していて、私だけじゃないんだと、ちょっとホッとした。津村や森崎のように、話し上手な人は、上がることもなく、すらすら言葉が出てくるものとばかり思っていたが、実は緊張もすることがわかった。ただ、違いがあるとすれば、プロとしての心構えがちがう。彼女たちは、良い仕事をするための努力を惜しまない。それは聴き手にも伝わるし、自信にもつながっていくんだと思う。

「講師は慣れだから、場数を踏むしかないよ」と言われる。それは全くその通りで、初めて講師をしたときには、周りを見る余裕もなかった。それが、2回、3回とやっていくうちに、相手の反応を見ながら話すということができるようになってきた。退屈されているなと思うときにはリラクゼーションを挟むという技も身につけた。たまには、「まあまあ、うまくできたかも」と思える時もある。それでも、まだどちらかというと避けたいという気持ちが強く、なかなか積極的に取り組んでいきたいという境地には達することができない。

確かに逃げ続けるのはラクだが、得るものもない。上手くいかないこともあるかもしれないが、挑戦してみれば、達成感や充実感が得られることもある。できるところから少しずつ、やっていこう。声をかけてもらえるだけでも、ありがたいことなのだから。与えられたチャンスを大切にしていきたい。

(2012年2月)