スタッフエッセイ 2012年2月

あたたかい関わり

渡邉佳代

この1年を振り返って、今年もよく働いたと思う。研究所でのカウンセリングやグループ、講師活動、スクールカウンセリング、専門学校での授業、NPO活動のDV子どもプロジェクト、そして4月から新たに加わった大学での臨床と大学院生への教育である。DV子どもプロジェクトの活動を長く続けてきて、この2〜3年で暴力のある家庭に育つ子どもへの支援をテーマに講師依頼をいただくこともぐんと増えた。

どの場でも大切な出会いがあり、私自身がエンパワーされ、臨床家として1人の人間として、育てていただいたように思う。この1年を振り返った時、どの場でも私が一貫して伝え続けてきた、あるいは伝わるといいなぁと願ってきたメッセージがあることに気づいた。それは、「あたたかい関わりの持つ力」である。

学校現場で、援助者対象の研修や講座で、そして臨床家を目指す院生との関わりの中で、時として困難なケースや動かないケースを見聞きし、ともに悩み、胸を痛め、それでも地道にあたたかい関わりを続けていくことが、どんなにか現在逆境の中を生き抜く人の力になるかを伝え続けてきた。その場の状況が変わらなくても、問題解決がされなくても、周囲にいる人の1つひとつのあたたかい関わりや優しさ、ひとときでも楽しい時間を過ごした記憶が、その人の心をあたため、生きる希望の貯金がされていくように思う。

カウンセリングでも、逆境を生き抜き、成人したサバイバーたちが、「あの時、近所のお姉さんが優しくしてくれた」「学校の先生が気にかけて声をかけてくれた」「保育園の先生が背中をトントンしてお昼寝をさせてくれた」ことが、何かの折に思い出されて心の支えになったと語るのを多く耳にしてきた。自分自身を振り返った時、私にもそうしたささやかな関わりでも、折に触れて思い出され、私を支え、自分も健気に頑張っていたんだなぁと思える記憶がいくつかある。

1つは講師活動の中でもよく話すエピソードだが、保育園での給食の時のこと。私に弟ができ、きっと「お姉ちゃん」として、しっかりしなくちゃ!と甘えられなくなっていたのであろう。給食のデザートのメロンを何故か「嫌い」と言い張り(私は小さい時から全く好き嫌いがなかったのに)、担任の先生が「じゃぁ、佳代ちゃん、先生と一緒に食べよう」と食べさせてくれたのである。今ではお顔もお名前も全く覚えていない先生で、1回きりのことだったが、ふとした時に思い出され、ほんわか心があったかくなる。また、いじらしい幼い自分にもちょっと笑えてしまう。

2つは、これまた保育園の頃、叔母と一緒に叔母の友達の家に遊びに行った時のこと。きっと嬉しくてはしゃいだ私は騒がしくしてしまい、叔母に「お姉ちゃんなんだから、おとなしくしなさい」とか何とか怒られたのだろう。その時、叔母の友達が「お姉ちゃんでも、嬉しくてはしゃいじゃうことはあるよね。私もお姉ちゃんだったから、よく分かるわ」と声をかけてくれた。ふ〜ん、こんな大人もいるんだ!と驚いた覚えがある。

3つは、小学生の時。私をかわいがってくれた母方の祖父と一緒にデパートに行き、「何か1つ買ってあげる」と何度も言われたのだが、何だか買ってもらうのが悪くて、遠慮してしまったのである。家に戻ると、母が「佳代はまだ子どもだ。子どもが子どもらしく甘えられるようにしなさい」と怒られていて、お母さんも怒られることがあるんだと驚いた。

どれもささやかな思い出だが、私の気持ちを分かろうとしてくれた周囲の大人がいたこと、そしてそれを伝えてくれたこと、優しくてあたたかい記憶がふんわりと私の心を折に触れて支え続けてくれたことに気づく。そうした記憶が自分の中に統合されていくにつれ、ささやかでもあたたかい関わりの持つ力を臨床家として周囲に伝えていきたいと願うようになり、また自分自身もそうした大人でありたいと思うようになった。

昨年の年報『コミュニティ・エンパワメント』では、「ボランティアの専門性とコミュニティ感覚の変容−DV子どもプロジェクトの活動から」をまとめた。おそらく、この論文の執筆を通して、臨床家としての自分と、1人の人間としての自分を統合する機会になったのだと思う。DV子どもプロジェクトのコーディネーターとして、どうボランティアを育てていくかと考えた時、あたたかい関わりの持つ力をボランティアたちとともに共有したい、そうした仲間を増やしていきたいという思いで執筆し、この1年はチーム作りに力を入れてきた。

後輩が現場に立つ時の不安を聞き、励まし、良かった点は惜しみなく伝える。仲間同士でのフォローや、良かったところを伝え合う時間をしっかり取り、チームの成長と課題をフィードバックしていく。どれも研究所で先輩や仲間たちにしてもらったことをモデルとしているが、あたたかい関わりは、自分がしてもらったことを手がかりとする「学習」なのかもしれないとも思う。後輩の育成は試行錯誤の連続だが、最近になって後輩たちが自主的に良いところを伝え合ったり、フォローし合ったりする姿を見かけることが多くなった。「大丈夫って言ってくれる仲間の存在って、ありがたいですね。現場に立つことが怖くなくなった」という声も聴くようになり、生き生きと子どもたちと関わる姿に嬉しくなる。あたたかい関わりの輪をコミュニティに広げていく臨床家でありたいと願っている。

(2012年2月)