スタッフエッセイ 2011年12月

手と手

安田裕子

電車の中で、手をつなぐ老夫婦の姿が目にとまった。後ろから眺めるその姿を、なんだか素敵だなぁと思いながら、ひと昔の、食器洗い洗剤のコマーシャルのワンフレーズが頭の中をよぎる。

♪ チャーミーグリーンを使うと、手をつなぎたくなるぅ〜 ♪

品の良さそうなニコニコ笑顔の老夫婦が、仲良く手をつないでステップをふむ光景。ちょっとリズム感のずれた2人のステップが、これまた微笑ましい。夫婦で歳を重ねるって素敵だなぁと思わせる、そんな姿。コマーシャルの趣旨は、もちろん、チャーミーグリーンへの購買意欲を高めることにあるのだが、あんなふうに歳をとっていけるのはいいなぁと、うっとりした気持ちになったことを思い出した。

と、空想にふけっているうちに、目の前の老夫婦は間もなく電車を降りた。電車のドアが閉まるまでの間、ぼんやりと2人の姿を目で追う。つないでいた手は離れていた。そして、目の前の階段を上ろうとするおばあさんに、ホームを端に向かって移動しようとするおじいさん。おじいさんは振り返って、「そっちじゃない、こっち」と、おばあさんに呼びかける。離された手と、多少強さと苛立ちが感じられたおじいさんの口調に、ハタと現実に引き戻された。

電車の中で手をつないでいた老夫婦。最初それは、羨ましくもあるとても温かい光景に映った。しかし、おじいさんの語調と、おばあさんのいくらかうつろな表情から、もしかして、老老介護のご夫婦だったのかもしれない、と思い直した。

人にはそれぞれドラマがある。その老夫婦にも、個々人の人生はもとより、夫婦として生きてきた唯一無二の物語がある。連れ添い、ともに生きてきた数十年間には、喜怒哀楽という言葉に集約される様々なことがあったろう。コマーシャルの一コマのように、美しく表現されるだけでは決してない、悲喜こもごも愛憎混じり合う夫婦の歴史があり、そのうえに、今の手と手を取り合う老夫婦の姿があるのである。

時の経過のなかにいる私たち。少し振り変えれば、ヒュッと、10年でも20年でも30年でも、当時に遡ることができる。楽しかったこと、嬉しかったこと。哀しかったこと、悔しかった経験。それぞれのワンシーンが、いくつもいくつもありありと鮮やかに蘇る。つい先日のことのように思い出される、今となってはキラキラとしたたくさんの思い出たち。自分にとって大切な人たちとの大事な思い出を振り返りながら、一方で、決して戻ることのない時間の流れのなかで生きているという現実がある。

時の経つのは本当に早い。姉にくっついてまわって一緒に遊んでもらったこと、弟の手を引いて一緒に遊んだこと。そして、両親に陰に日向に支えられて生きてきた、これまでのこと。思い出を共有してきた友達、素敵なモデルとなってくれる先生や仲間たち。人間関係の拡がりのなかで、たくさんの人に支えられて生きていた私が、今ここにいる。

生きている限り、歳を重ねる。生きているからこそ、歳を重ねる。これまでの時の流れを考えると、あっという間におばあちゃんになるのだろうと思ったりする。おばあちゃんになるまでに、そしておばあちゃんになってからも、私自身の人生の歩みを進めるなかで、手を引こうと思って差し伸べても、いらないよと断られることがあるかもしれない。また、引いてほしいと頼んでも、触れてさえもらえない手もあるかもしれない。でもきっと、ちゃんと握り合える手も、たくさんあるに違いない。だからこそ、手を差し伸べることを恐れずに。家族、友達、仲間、恩師、大切なたくさんの人たち。これからもずっと、いろんな人に手を引いてもらいながら、そして、いろんな人の手を引いて、生きていくのだろう。人生まだまだ、楽しみなことがたくさんある。

(2011年12月)