スタッフエッセイ 2011年12月

子育て応援団

下地久美子

ここ5年ほど、子育て中のお母さんたちを対象にした怒りのコントロールを学ぶグループを担当している。グループの中で、日ごろ困っていることなどを話し合うのだが、母親たちが語る様々なエピソードに、かつての自分を重ね合わせて、「そうそう、子育てって、ほんと大変なんだよね」と思いながら耳を傾けている。新米ママたちの奮闘ぶりは、健気で微笑ましく、「みんな、よくがんばってるね〜」と、精いっぱい応援したい気持ちになる。

ある日、赤ん坊がやってきて、「今日からあなたは母親です」と言われても、どうしていいか戸惑わないわけがない。何ごとも初めての経験で、どんなにあやしても泣き止まない赤ん坊に、「もう嫌だ。子どもなんて生まなければよかった」と、こっちが泣きたくなるようなことだってある。でも、そんな本音をポロリでもこぼそうものなら、周りから「お母さんなんだから、しっかりしなさい」「子どもなんてあっという間に大きくなるんだし、今だけよ」と叱咤激励され、「私って、母親失格だわ」と落ち込む母親たちのなんと多いことか。

自由な時間の持てないつらさ。絶え間なく襲ってくるプレッシャーとの戦い。毎日時間に追われて、子どもを追っかけまわして、一日が暮れていく。子育て中の母親たちはみな孤独だ。できて当たり前と、どんなに頑張っても誰も褒めてくれない。

他の子と比べてはヤキモキし、自分は母親として何点かを頭の中で計算し、焦燥感に押しつぶされそうになりながら、ニコニコと平静を装わなければならない。

私も、そういうものをすべて投げ捨てて、逃げ出すことができたらどんなに楽だろうと空想し、「そんなことしたらえらいことになるよ〜」という冷静な自分の声にハッとして、子育ての日々を送っていた気がする。

それでも、私の場合、まだ恵まれていた。すぐ近くに実家があり、子育てに疲れたと思えば預かってもらって息抜きできたし、近所の先輩ママたちからは、親切にいろんな情報を教えてもらった。子育ての不安を話せるママ友にも恵まれて、特に子どもの幼稚園時代に知り合った母親たちとは、今でも愚痴を言い合える仲だ。

もし、そういう出会いがなかったら、どうなっていたんだろう・・・。

特に長男には手を焼いた。幼稚園の入園式の最中に、座っていたはずの息子の姿がなく、探し回ったら、一人で悠々と園庭のブランコをこいでいた。これは序の口で、迷子になって捜索願いを出したこともあるし、幼稚園の先生から「K君、毎日教室から脱走して、勝手に遊んで困るんです」と呼び出され、何度も頭を下げた。

そんな長男の困ったちゃんぶりも、今だから笑えるが、当時は、かなり深刻に悩んでいた。ある時、お世話になっていた幼児教室の先生に「どうして、うちの子だけ、みんなと同じようにできないんでしょう?」と相談したら、「大丈夫よ。ああいう子が意外と大人になったら、どんな困難にも負けず生き抜いていって大物になるのよ」と言われ、ものすごく救われた。その後も、いろんな問題を起こしてくれるたびに、「いつか大物になる」と、先生の言葉をよりどころにして、へこみそうになる気持ちを奮い立たせていたような気がする。

結果としては、長男は、20歳過ぎても、まったく大物の兆しは見えず、ただのお騒がせ物にしかなっていないが、まあ、ここから先は、本人の頑張りに期待することにしよう。

思い返すと、本当にたくさんの人に助けてもらいながら、子育てしてきたと思う。一緒に泣いたり笑ったり、心配してくれる人がいて、自信を失くしそうになるのを支えられてきた。

どうせなら、苦しみながら子育てするよりも、楽しく子育てする方が、親にとっても子どもにとっても良いに決まっている。自分自身がいろんな人から応援してもらった分を、今度は、子育て真っ最中のお母さんたちに、少しでもお返しできたらいいなと思う。

(2011年12月)