スタッフエッセイ 2011年10月

見知らぬ人からの手紙

村本邦子

「未知の人間からの手紙をお許しください。ただし、先生のご所属もはっきりしないので、これが先生のもとに届くかどうかも定かではありません」と始まる手紙が、おそらくはあちこち回って、私の手元に届いた。

大学を定年退職したという現在八十歳のフランス文学者を名乗る男性からだった。たまたま、この夏、性的虐待を扱ったNHKの番組に出演したのだが、これを、パートナーと一緒に見たのだと言う。詳しいことはわからないが、その時の状況の描写からは、何か深い思いや背景があるのだろうと感じられた。そして、「もし私がドフトエフスキーであったなら、先生に向かって、全人類の名のもとにお礼を申し上げていたことでしょう。先生がずっとご健在であられることを心から願っております」と結ばれていた。

最近はマスコミ関係の依頼をほとんど断ってきたが、真面目に制作されている番組は、それだけ人々の胸に届く力を持っているのだろう。いささか大袈裟だという気もするが(文学者らしいというべきか)、それでも、年輩の男性が、私たちの仕事に何がしか感銘を受け、わざわざこうしてエールを送ってくださるというのはとてもありがたいことだと思う。実は、この番組には何通かのお手紙を頂いており、年輩の男性(やはり大学の先生)からのエールが他にもあった。

戦時性暴力はじめ人道に反する罪、薬害エイズ、原発と戦後日本の建て直しの過ちを思うとき、とても哀しい気持ちになる。父や祖父、曾祖父の世代にもっとちゃんと頑張って欲しかった。女や子どもを保護しようとする男らしさが翻ると、女や子どもを凌辱する力となる。もちろん、男に強さを求める女にだって責任の一端があるし、人命より経済効率優先の価値は日本に限ったことではないけれど。

先週、南京で行った「歴史のトラウマと和解修復」のセミナーで、祭壇に供える「思い出の品」として、家永三郎さんの写真を持ってきていた女性があった。大学の教え子だったそうである。当時は単位のためだけに授業を取っていたが、ある時、家永先生が学生たちのいい加減な態度に、顔を真っ赤にして怒ったことがあったという。彼女は、「その時はわからなかったけれど、年をとった今、先生の気持ちをこうして受け継いでいます」と語った。「そうだそうだ、心ある先達は、実はあちこちに確かにいたんだ」と思うと、泣けた。

一方で、教育というのは、その時すぐには手応えが感じられなくても、こうして十年、二十年経ってから芽吹いていくものもあるのだと思った。自分なりには日々、頑張っているつもりでも、無力に感じることは少なくないけれど、後輩や教え子たちが頑張ってくれている姿を見ることは励みだし、たしかに感謝の気持ちに満たされる。つい、世の中の残念で情けない部分に眼が向いてしまうが、上の世代から下の世代へと確かに繋げていかなければならない希望を見失わないようにしなければ。大切なことを確認させてくれた見知らぬ方に感謝して。

(2011年10月)